| 実家には一泊しただけで再び上京した。 大学卒業したらすぐに研修だとか言われていたような気がする。 研修って何をするのか分からないが、そもそもルールくらいは知らないとまずいだろう。 そう思ってとりあえず最新号と書店で取り寄せることが出来るバックナンバーを購入した。 月刊誌だが、ジャンルがジャンルだけに出版部数もそこまで多くないらしい。 仕方ないので、数日後から通うことになる出版社へと足を向けた。 「こんにちは」 会社のドアを開けて声をかける。 記者というのはタバコを吸う人が多いのだろうか。 そう思いながら澱んだ空気が充満する空間に足を踏み入れる。 「あら?」 めがねをかけた女性がに気が付いて近付いてきた。下げている名札には『飯村』と書いてる。 「どうかしたの?」 「あの、この春からこちらへの就職が決まっているといいます。実は...」 とここへ来た理由を話した。 彼女は物凄く呆れた表情を浮かべた。 ボクシングに興味がない者がこの雑誌編集者に就職だと? 不快そうな表情を浮かべて溜息をついた。 どうやら、自分は溜息を吐かれるようなことばかりをしているらしい。 「それで?どれが要るの?」 『どれ』といわれても特によく分からない... 答えあぐねていると「ちょっと失礼するよ」と後ろから声をかけられた。 「あ、ごめんなさい」 「お帰りなさい、藤井さん」 飯村がそう声を掛けた藤井という男はを見下ろした。 「おや?君は確か...今年唯一の採用者だな?」 え、唯一?! 同期が居ないって何か寂しいな、と思いつつ「です。よろしくお願いします」と自己紹介をした。 「それで、どうしたんだい?」 藤井の言葉に応えたのは飯村だ。 「ほー?感心だな」 苦笑して彼が言う。 今度は感心された... 「そうだな、素人でも分かるように書くようにはしているからどれでもいいと思うけど。あ、そうそう。今度結構大きな試合が決まっている選手が居てね。中々期待できる選手なんだが...ルールも大切だが、試合を目にするのも悪くないし、ちょっと待ってろ」 そう言って藤井は大股でどこかへ向かって言った。 「入り口は、確かに邪魔ね」 そう言って飯村はに中に入るように促した。 「ここ1年のバックナンバーよ。持ってないのどれ?」 言われて数冊引き抜いた。 「じゃあ、それ貸してあげるわ。会社の備品だから、次来た時には返しなさいよ」 「ありがとうございます」 「おー、帰ったのかと思ったぞ」 そういいながら藤井が戻ってきた。 「入り口は邪魔だって思ったんですよ」と飯村が言い、「それもそうだな」と藤井が返した。 「これ、今度OPBFのタイトルマッチがあるんだが、その挑戦者とチャンピオンのそれぞれの試合のビデオだ。挑戦者は日本での試合数があまり多くないから資料は少ないんだけど、まあ、見てみるといい。ボクシングの試合、見に行ったことないんだよな?」 そういわれて、「はい」と答えて、「あ、いいえ」といいなおした。 「ん?行ったことあるのか?」 驚いたように藤井が言う。 「ええ。就職が決まって、全く試合を見たことないってのはまずいと思って、1度だけ」 「どの試合を見たの?」 「チャンピオンカーニバル、とかいうのです」 飯村と藤井は顔を見合わせた。 「チャンピオンカーニバル、見に行ったの?どの試合??っていうか、よくチケット取れたわね」 「えーと、ジュニアライト級だったと思います」 あの試合を見に行ったのか... 「卒論とか全部終わってからになったら、それしかなくて」 「あ、いや。良い試合を見たね」 少ししょげて言うに藤井が慌ててフォローした。 「あの、じゃあ。これをお借りしていきますね」 そう言って雑誌のバックナンバーとビデオを借りては会社を後にした。 「ボクシングに全く馴染みがないって言ってたんですけど...」 飯村が少し呆然とした表情で呟いた。 「最初は、みんな馴染みがないもんだろう。一応、やる気は見せてくれてるな」 藤井はそう言って苦笑した。 「お前、面倒見てくれるか?」 「いいですよ。面白そう」 飯村にとってこの会社に足を踏み入れたときのの印象は悪かった。が、少し話してみて、向上心があるということは分かった。 だったら、面倒を見ても良い。 「念願の後輩だな」 「言われてみれば、そうですね」 藤井の言葉に、飯村はそう言って笑った。 |
桜風
09.11.28
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