| 会社から戻ってビデオを見ることにした。 とりあえず、チャンピオンから。 アーニー・クロコダイル・グレゴリーというオーストラリアの選手らしい。 彼の試合ビデオを見ているといつの間にか日が暮れていた。 ひとまず休憩、と夕飯の支度をして再びビデオで観戦。 今度は挑戦者、と思ってビデオのタイトルを見ては首を傾げた。 「宮田..一郎?」 お隣さんと同じ名前だ。 だが、お隣さんの名前の文字は知らない。だから、音だけが同じ人なのかと思った。 思ったが... 「お隣さんじゃん!!」 映像を見ては思わず声を上げた。 確かに、スポーツ選手だった。 スポーツ選手だったが、まさかのボクシング。 全く想像付かないことだったが、やはり団体競技ではなかったことに自分の観察眼というか乙女の勘というヤツは意外と当てにできるかも、と思った。 それから数日してたまたま宮田とばったり会った。 は帰宅したとき、宮田は練習に行くところだったのだろうか。 「こんばんは」と声をかけると少しだけ今まで見ていた印象と違う雰囲気の宮田が「こんばんは」と返す。 「宮田くんって、ボクサーだったんだ?」 の言葉に宮田は驚いて眉を上げた。 「知ってたんですか?」 「この間、知った。勉強しろって渡された資料で見たから」 どういうことだ、と宮田は眉間に皺を寄せた。 「わたし、この春からボクシングの雑誌の記者ってことになるの。月刊ボクシングファンって知ってるよね?」 「興味、あったんですか?」 意外だな、といった表情で宮田が言った。少しだけ親近感を抱いたような声音だった。 もその声が孕んでいた感情に気づいていたが、首を横に振る。 うそは良くない。 「まったく」 「...じゃあ、何で?」 「おじいちゃんの知り合いがその出版社の上役さんで、じゃあ受けてみたら?って話で何となく受けたら何となく受かったって言うか...」 あ、まずいな。 は何となく思った。 「ふーん」と相槌を打った宮田の声が冷たい。 元々大して温度を持っていたわけではないが、今の相槌はこれっぽっちも温度がない。 「じゃあ」と言って宮田が数歩踏み出した。 「あの、宮田くん!」 が声をかけると面倒くさそうに振り返る。 「宮田くんは、何でボクシングの道を選んだの?」 約1年越しの質問だ。 だが、タイミング的には最悪のときだったのかもしれない。 「それは、取材ですか」 拒絶された。答えたくない、と声が言っている。 「ううん。ちがう」 「じゃあ、答えなくても良いですよね」 宮田はそう言って駆け出した。 彼はきっとボクシングに対して真剣で真摯なのだろう。 だから、自分のように『適当』とか『物の弾みで』とか『何となく、そんな流れで』でボクシングというものに関与してきた者が許せないのだろう。 「だよねぇ...」 確かに、自分は中途半端だと思う。 自覚しているし、そういう道を選んでいる。 ツキンと胸が痛んだ気がした。 そんな気がしたが、自覚をしたらこれまた辛くなりそうなので気のせいだということにしておいた。 |
桜風
09.12.5
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