| 大学を卒業し、新しい生活が始まった。 研修、といわれたが特に何かがあるわけではなかった。 結局経験だ、と言って試合をたくさん見ることを課題とされていた。 「そういえば、今度のOPBFタイトルマッチも取材について来る?」 飯村に言われては頷けなかった。 「どうしたの?」 「あの、もうちょっと勉強してから、ってだめですか?」 「...別に、悪くはないけど。何度も言ってるけど経験よ?ビデオを見て勉強するのも良いし、今までの本や雑誌を見て研究するのも悪くないけど。取材なんてその場の雰囲気とか話しのもって行き方とかあるし。文字を見ただけでは分からないことも多いのよ?」 この間のフェザー級のチャンピオンカーニバルの取材には付いてきたのに、と飯村は不思議そうな表情をしながらそう言う。 「はい」 と返事をするが、は先ほどの意見を覆すつもりはないらしく、それ以上何も言わない。 どうしたのだろう、と飯村は不思議だった。 彼女の向学心は評価に値する。 教えれば吸収するし、研究熱心な姿勢だって認めている。 ホント、どうしたんだろう... 忙しい中、の歓迎会が行われた。 今回、今の時期に結構大きな試合が目白押しなので、それが終わってからでも良い、寧ろなくても良いとは言ったのだが、『歓迎会』というからには新人がまだ職場に馴染む前にするものだ、と言って来られる者だけを対象に開いてくれたのだ。 は正式に入社するまでにちょこちょこ顔を覗かせていたので今の時期にしては職場に結構馴染んでいた方で、すでに先輩たちにも顔を覚えられている。 結局は、自分を口実に飲みたかっただけか... そんなことを思いながらは出来上がっている先輩たちを眺めて苦笑した。 「どうだ?」 ドカッと隣に座って藤井が声をかける。 「ありがとうございます。皆さん、お忙しいのに」 「飲みたいだけだよ。こういう事がないと中々な...」 苦笑しながら藤井が言う。 「飲まないのか?」 「ビールはあんまり好きじゃないんです。明日もありますし」とはやんわりと断った。 「あの、聞いても良いですか?」 「何だ?」 「藤井さんは、何でボクシングの雑誌記者に?」 の質問に眉を上げて苦笑した。 「どうした、突然だな」 「すみません」と小さくなるに「いや、別に良いんだが」とフォローする。 「そうだな、」といいながら藤井は自分の話をした。 「は、何でウチだったんだ?」 は少し視線をさまよわせ、ここに就職するに至った経緯を話した。 「何か、プロスポーツ選手って『何となく』でなるものじゃなくて、きっと何かしら想いがあってそこを目指しているんだと思うんですよね。だから、自分のこの考えというか、姿勢が、ちょっと...」 そう言って俯くに苦笑した。 「まあ、はきっかけが遅かっただけだろう」 藤井の言葉には顔を上げる。 「何となく、と言っても結局選んだんだろう。積極的な選択ではなかったにしろ、この先この道を続けていくなら半端な気持ちじゃムリだし。続けていけたらそれは向き合ってる証拠になるんじゃないのか?」 藤井の言葉には目を丸くした。 「それにな、。お前、親の望む姿を演じたって言うけど、だとしたらお前は相当な女優だぞ?女優ってのも努力なしでは続けられないことだ。親の期待ってのは結構でかいしな」 「...うちの妹って何かなりたい職業があるみたいなんです。結局教えてもらえなかったけど。彼女は、親の望む道ではない自分が進みたい道があって、たぶん、闘ってるんです。 わたしは、そんなのがなくて。あったかもしれないけど、結局楽な方に流されちゃったんですよね。だから、妹はわたしを見ていてイラつくみたいで。 たぶん、ボクサーの皆さんも同じなのかな、って」 「人それぞれだよ。は意外と難しくものを考えるんだなぁ」 藤井の言葉にはきょとんとした。 「人と比べて自分の方が小さいとかっていうけど。気持ちなんて特に基準値ってのがないし、気にしだすとキリのないものだからな。はこれから頑張る。それで良いじゃないか」 「まっさか。それを気にして取材についてくるのを断ったとか言うんじゃないでしょうね!!」 どん、と背中から体重をかけられては潰れた。 「い、飯村さん?!」 「どうなの??!!」 観念したようにはコクリと頷く。 「ばかねー」と飯村は笑った。 「まあ、良いわ。もうちょっとだけなら待ってあげるけど。今月までよ」 そういいながら飯村はデコピンし、は少し赤くなったおでこを擦りながら「ありがとうございます」と答えた。 |
桜風
09.12.12
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