まっすぐ! 11





練習に行こうと家を出ると、隣のドアの前に少女が座り込んでいた。

の妹だ。

1週間程度泊まると言っていたが...

彼女は隣から出てきた宮田に気が付いて「あ、」と呟く。

「どうも」と会釈をすると「何たらジムに居た人ですよね?」といわれた。

『何たら』というほど覚えにくい名前だっただろうか...

さん..お姉さんは?」

「仕事です。合鍵、預かってたのに、それを忘れて姉と一緒に家を出たから締め出されて」

「会社に行ってみたら?」

宮田が言うと彼女はポリポリと頬を掻く。

「行き方、覚えてないんです。姉の後ろをついて歩けば安心だと思っていたので...」

なるほど。覚える必要もなかっただろうし...

しかし、だからと言って自分が彼女の面倒を見るなんて面倒だし、何よりもこの子に対してその義理はないと思う。

本人だったらそこそこの義理を感じる間柄にはなっていると思うが...

「電話は?」

「それも、ここ」と言っての部屋のドア指差した。

宮田は溜息を吐いて、仕方なしに携帯を取り出す。

番号を検索して、電話した。

不思議そうに宮田を見上げるの妹の視線が気にならなくもなかったが、放っていくのはさすがに冷たすぎる気がする。

『はいはい?取材をされたいというお申し込みですか?』

携帯のディスプレイに名前が表示されているのだろう。名前も言わずに突然そう返してきた。

「いや。もっと取材が上手くなったら考えなくもないですけど。妹さんが締め出し食らってますよ」

『は!?鍵渡したよ??!!』

「それが家の中にあるそうですよ。代わりますか?」

『んー、悪いんだけど。ジムで預かって?』

「迷子センターじゃないんですけど、ウチのジムは」

『すぐに向かう。あとで宮田くんにもきっちりお礼を言う!』

言うだけかよ、と思いつつ

「どれくらいで来られるんですか?」

『飯村さんに事情を話してみないと何ともかんとも...』

だろうな。も遊んでいるわけではないのだ。

「なるべく早くにお願いします」

そう言って通話をきった。

目の前のの妹は不機嫌だ。

「何となく分かったと思うけど、一緒にジムに連れて行ってくれって」

「迷子センターじゃないって...」

「事実だろう?ほら、置いていくぞ」

「置いてってよ。ここで待ってる」

宮田は盛大に溜息を吐いた。

「ここら辺、特に治安は悪くないけど放り出すのもどうかとは思ってるから。たぶん、さんはうちのジムに来て鍵を渡して仕事に戻るだけだろうし、そんなに長い時間じゃないと思うから、ついて来てくれないか」

宮田の言葉に彼女は渋々従った。


「お姉ちゃんと仲が良いの?」

「険悪ではない、かな?」

数ヶ月前までは都会のお隣さんらしい付き合いだったが、最近は多少交流を持っている。

「番号の交換とか」

「まあ、お互い独り暮らしだし。何かあったらってのがあって。女性の独り暮らしってのも危ないだろう?」

物凄く疑いの眼差しを向けられている。

これは、お礼を言われるだけでは割に合わないぞ、と思いながら溜息を吐いた。

「何で、毎日只管走るの?」

突然話題が変わった。

「練習だから」

宮田の簡潔な回答が気に入らなかったのか

「何で、走るの?」

ともう一度聞いてきた。

「...さんに聞いたんだけど。何かやりたいことがあって、親に反抗してるんだって?」

「お姉ちゃん、そんな事まで言ってるの?!」

「まあ、身の上話の流れでさらりと」

「何なのよ!」とぶつくさ文句を言っている彼女を見下ろした。

文句を言いつつもどことなく、嬉しそうに見えるのは何故だろう。

「...お姉ちゃんって、『いい子』なの」

「聞いたことある。親の望む姿の子供だったんだろう?疲れるだろうに」

溜息を吐きながら言う宮田に彼女は頷いた。

「でも、ね。そのお陰であたしがこうやってわがまま放題出来てるんだな、って最近思い始めた」

彼女が言うには、家でも姉のことが話題に上がるという。

ボクシングの雑誌を選んだことは結構誤算だったが、祖父の顔も立ててるし、どうせ記者なんて結婚すればやめれば良いのだから、と。

ひとり、ちゃんと育てることが出来たらご先祖様にも顔向けできるから、と。

下の子は期待できないけど、上の子はちゃんと育ってるから、安心だと。

「お姉ちゃんの通ってた大学、知ってる?」

「名前くらいは」

「ホントは、親は地元でレベルの高い大学を考えてたらしいの。でも、お姉ちゃんはそれより上を目指した。
何でかな、って思った。
たぶん、単純に家を出たかったんだと思う。ウチの両親がお姉ちゃんにかけていたプレッシャーってホントに大きかったんだ。今のあたしでさえ、息苦しいのに。それ以上の期待をかけられていたお姉ちゃんは家を出るためにたぶん、一生懸命勉強して上京したんだろうな、って」

結構マイペースなイメージがあるからそんな背景があるとは思っていなかった。

「...なんでオレに?」

「別に、今たまたま一緒に歩いてるだけだから特に深い意味はないけど...お姉ちゃん、昨日楽しそうだったから」

さん、一生懸命勉強してるよ」

「...うん」


ジムに着いて30分もしないうちにがやってきた。

「宮田くん、ありがとう!」

そう言って妹に鍵を渡してそのまままた慌しくジムを後にする。

その様子はまるで竜巻のようだった。

宮田は呆然とし、妹は苦笑した。









桜風
10.1.23


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