| 夜、そろそろ寝ようと思ったところにインターホンが鳴った。 こんな時間に自分を訪ねてくる人なんて思いつかない。 隣の住人以外は。 出てみると、その『隣の住人』こと、だった。 「あ、ごめん。寝るところだった?」 「まあ、はい」 人の家の事情に口を出して勝手に怒ってそれ以降会っていないので、正直気まずい。 「じゃあ、お土産。おやすみー」 宮田にどこの地方にもありがちな、ある意味外れのないお土産を渡しては自分の部屋に向かう。 「あの!」 「...言ったでしょ?のらりくらり逃げるって。まあ、今回は宮田くんたちのお陰だけどね」 「え、どういう...」 詳しい説明を求めた宮田にはにっと笑って「おやすみー」と返して自分の部屋のドアを閉めた。 「あ、くそ!」 宮田は呟き、そして押し付けられたお土産に視線を落とした。 『逃げた』と言っていたということは、何とかなったのだろう... 「明日、覚えてろよ」 ポツリと呟く宮田は知らず笑っていた。 そんなやり取りがあった翌日だが、結局に会えなかった。 まあ、彼女もこのお見合い帰郷のために仕事を数日休んでいたからその分のツケのようなものが回ってきたのだろう。 これは、当分まともに家に帰れないだろうし顔を見ることもまずないだろう。 そう思いながらいつものようにロードワークに出ていた。 もう夜が早くなってきている。 1ヶ月前は、まだこの時間は明るかったのにな、と。 ふと、前方に座り込んでいる人影を見かけた。 夕暮れ時の薄暗い中でも『誰』というのがわかった。 そんな自分に感心しながら少し歩調を速めて駆ける。 「さん、サボりですか?」 は驚いたように立ち上がり、地面においていた自分のバッグに足が当たったのかズサーっという音がした。 「うわ、パソコン!!」 慌てて駆け下りたはその勢いのまま足がもつれて転がっていく。 これはまずい!と宮田も駆け下りた。 「怪我は?」 「この年でこんな転び方って...」 怪我はない様だが、打ちひしがれている。 まあ、確かに面白かった。人ってこんなに転がるんだな、と思った。 よりも先に滑っていった彼女のバッグを回収して戻った。 「確認した方が良いんじゃないですか?」 まだ打ちひしがれているにあわせてしゃがんだ宮田が声を掛ける。 「あ、そうだ!」 慌ててバッグの中のパソコンを取り出して起動させる。 「大丈夫っぽい」 「良かったですね」 「うん。って、おひさし」 ひらひらと手を振るに「そうですね」と返す。 「で。どうやって逃げ切ったんですか?」 気になっていたことを率直に聞いた。 「はい?」と惚けるに半眼になって応じる。 この暗がりでには自分の表情が見えないかもしれない、と思って少し顔を寄せてみた。 「何のことデスカー」 「お見合い。オレたちのお陰ってどういうことですか?」 「んー...」と少し勿体つけてやがては話し始める。 「相手の方は、格闘技が苦手だったらしく。それを聞いた瞬間、ひたっすらボクシングについて語ってみました。ドン引きされました。イエー!」 右手の親指を立ててはそう言って笑う。 だから、ボクサーである宮田たちのお陰。 でも、宮田は首を振った。 「それって、さんが一生懸命仕事して勉強したから話せたことでしょう。自分の努力の結果ですよ」 はその言葉ににへらと笑う。 「宮田くんに努力を認めてもらえるのは、結構嬉しいものですねぇ」 頭を掻きながら言うに宮田は苦笑した。 「さんは、体当たりの人ですからね。猪突猛進というか...」 「わー、褒められている気がしなーい!」 抗議の念も込めて棒読みには言う。 「褒め言葉ですよ。前に、さんはオレに一途だって言いましたよね」 「えーと、生意気な感じに言いました」 ビクビクとしたようにが言う。 「あの時、正直ちょっとムカっときました」 「ゴメンナサイ」 「人のコトいえないだろう、って」 「へ?」 ぽかんと自分を見上げるの間抜けな顔に思わず噴出しそうになった。 そこは何とか堪える。 「オレ、さんのそういうところ好きですよ。嘘がない感じで」 「はぁ...」と状況を把握し切れていませんといわんばかりの曖昧な返事だ。 「ま、さんが言うところの『いい恋』かどうかは分かりませんけどね」 そう言って宮田は立ち上がり、遠くを見た。 下から視線が痛いくらいに突き刺さっている。 「あの、宮田くんさん」 敬称が2つついている。ちょっと気になったが、自分もそれどころじゃない。 「じゃ!」 うっかりペロリと口を滑らせた自分に非常に後悔をしながら宮田は土手を駆け上がった。 「ちょっ!言い逃げかぁ!卑怯だー!!」 そう言って猛然と追いかけてくるの姿に宮田は声を上げて笑う。 全く予想だにしていなかった。 たぶん、呆然として、数日後に確認されるくらいだろう、と。 その頃には自分も腹を括っていると思っていたが... 背後でズサーっと音がした。 驚いて足を止めると、結果的にスライディングを決めてしまったがいる。 宮田は苦笑して戻った。 「さすがに、もうこのスーツはダメになったんじゃないんですかね」 「...買いに行かなきゃ」 うつ伏せのままが呟く。 「怪我は?」 「膝小僧をすりむいたくらいでしょう。って、どんな腕白小僧よ、わたし!」 今回はパソコンは守れたらしい。 「ほら」と宮田は背中を向けた。負ぶされ、というのだ。 「ロードワークの途中では?」 「あとでやり直します。家まで運びますから。さすがにその格好のまま会社に戻れないでしょう?」 「わたしは荷物か!」 そう言いながらもはよろよろと立ち上がって「失礼します」と言って宮田に負ぶさり、「...捕まえた」とポツリとが言った。 ああ、そうか。捕まってしまった。 何だかちょっと可笑しくなってきた。 「言い逃げは、ずるいと思うの」 「すみません。今は言うつもりなかったんですけど。下手したら、さんが先に言うんじゃないかって思って。そしたら、ペロリと...」 「そのつもりだったよ、ばか」 「なら、良かった」 宮田の呟きに「ん、」とは拗ねたように、照れたように声を漏らした。 まっすぐ進むことに変わりはないけど、たぶん、時々なら振り返ったほうが良いと思う。 猛然と追いかけて、そして派手にこけているがいるかもしれないから。 「たまに、なら」 宮田が呟く。 「ん?」 「まっすぐ進むことは変えるつもりはないけど。たまになら、足を止めて振り返った方が良いような気がしてきました」 「じゃあ、わたしも頑張ってとりあえず、振り返った視界にいられるようにまい進します」 「...派手にこけないように」 その言葉を聞いて、はポカリと宮田の頭を叩いた。 宮田は声を上げて笑い、「笑うなー!」とが抗議をし、それがまた可笑しくて宮田は笑い、いつの間にかも笑っていた。 楽しそうな2つの笑い声は、夜の空に吸い込まれていった。 |
桜風
10.4.10
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