勿忘草 1





男の子と女の子が向かい合っている。

男の子が小さな花で作ったブーケをその女の子に渡す。

「大きくなったら結婚しようね、。」

「うん。約束だよ。」

そう言って2人はキスをした。





「あ〜、すっげぇ懐かしいもん夢に見ちまったな。あれって...16、7年位前か?」

ここは木村園芸の2階。

朝日が差し込む部屋で彼が呟いた。

彼の名前は木村達也。職業は日本Jライト級のプロボクサー&花屋の息子。

ベッドの上に体を起こしてガリガリと頭を掻く。伸びをしたあと、部屋でかなりの面積を取っている水槽の中を覗く。

「おはよう、。」

このアロワナを買ったときに付けた名前で呼んでみる。何度も名前は変わり、そのアロワナの今の名前は『れーコ』になっている。しかし木村は、その名前を持つ彼女には1年くらい前に失恋している。未練たらしいと幼馴染に言われたが今でも一応名前は『れーコ』のままだったりする。


』ことは木村より1歳上の従姉である。

彼女は小学生のときに海外へ引っ越して行った。

そのため、従姉、つまり親戚というのにも拘らずもう15年以上会っていない。

木村の伯父であるの父の仕事が忙しかった事もあり、帰国を一度もしてこなかった。だから木村の中のは今でもあの幼い面影しか浮かんでこない。


木村は、その日は時間もあるので店番をしていた。

扇風機の生ぬるい風を受けながら店の中のレジ横の椅子に座って頬杖をつく。

今は夏真っ盛りで非常に蒸し暑い。

人が店の中に入ってきたのでいつもの営業用の笑顔を浮かべ、これまた営業用の声を出す。

「いらっしゃいませ。」

木村はその女性客の顔を見て既視感を感じた。しかし、どこで見たかはよく分からない。

色が白く、鼻筋が通っていて、目が大きい。艶やかな黒髪は長く、肩甲骨辺りまでの長さがある。『美人』という表現がぴったりのこんな女性を忘れるはずがないと思いつつも、どう考えても思い出せない。

「久し振り。」

店に入ってきた彼女がそう言った。

「...どうも?」

『知らない』とは言えない木村が曖昧に返事を返すと、

「...やっぱ忘れちゃったか。」

と残念そうに彼女が言った。

「すみません。失礼ですけど、どちら様ですか?」

知らないということがばれたのだから、もう適当に話を合わせられないと判じた木村が聞いてみた。

そう言われた彼女が苦笑をして口を開いたと同時に後ろから母が声を掛けた。

ちゃん。よく来たね、疲れたでしょう。...綺麗になったねぇ。15年も見ないと随分変わるのもんだね。」

(『ちゃん』?!)

「ありがとうございます。長い間ご無沙汰していました。叔母様もお元気そうで何よりです。それじゃあ、お邪魔します。」

そう言っては店から家の中に入っていった。

今朝夢に見た初恋の相手であるが何故この家に居るのかさっぱり分からない木村はの後を追おうとした。

しかし、さすがに店に誰もいない状況を作るわけにもいかず、大人しく配達に出ている父が帰ってくるのを待った。



父が帰ってきたのはそれから数十分後だが、木村には数時間に思える長さだった。

父に店番を押し付けてのいる居間に向かった。


「達也、店はどうしたんだい。」

「親父が帰ってきたから任せた。...?久し振りだな。」

「久し振り。達也ってば私のこと忘れちゃってるんだから。薄情だなぁ。」

「いや、わりぃ。だって15年近く会ってないんだぜ、普通は中々分からないって。」

きまりが悪い木村は少しぶっきらぼうに返した。

「そうかもしれないけど、私はすぐに分かったのにな。」

はそう言いながらそっぽを向いて溜息を吐いた。

それを見た木村は益々きまりが悪くなる。

ちらりと木村を見たはくすっと笑い、

「嘘。冗談よ。私も店番しているのが達也だってちょっと自信なかったもん。私が覚えてる達也じゃなかったから。」

と言ってフォローした。

それを聞いて木村はほっとする。そしてさっきの疑問を思い出す。

「そういや、って何でうちに来たんだ?」

「ああ、これからお世話になることになってるから。」

「は?」

が口にした言葉が理解できずに間抜けな声を出した。

ちゃんのところ、やっと日本に帰ってこれるようになったらしいんだよ。それで、向こうの大学を卒業したちゃんも一緒に日本に帰ってくることにしたんだけど、就職活動のために早めに帰国することになっててね。でも、ずっと外国暮らしだろ?色々不便だろうから義兄さんたちが日本に帰ってくるまでここに住むように言ったんだよ。」

「...へ?」

先程より更に間抜けな声を漏らして木村は呆ける。

(ここに住むって何だ?ちょっと待て。え?ぇええ??)

「というわけだから、よろしくね、達也。」

混乱している木村をよそには挨拶をして、母が案内する部屋に向かう。


がうちに住む?)

木村は期間限定とはいえ、初恋の相手と一つ屋根の下で共に過ごすという状況を前にして呆然としていた。




キム兄さん中編が始まりました。
どうしてか、『勿忘草』というタイトルで書きたかったのですが、出来上がってみるとキム兄さん夢。
花=キム兄さん。
立派な公式が出来てるようです(苦笑)


桜風
05.3.1


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