ありがたいことに空は快晴で。

わたしのゴツイ男物のデジタル腕時計は23:30の文字を光らせてる。

空を見上げて殆ど見えない星を想像しながら漏れた言葉は「あーあ」という諦めの言葉だった。

約束の場所には、まだ待ち人が来ない。



3年前の明日。わたしはこの街から引っ越した。

子供のわたしにはどうしても抗えない、親の転勤というもの。

そして、わたしはここで幼馴染と約束を交わした。

『子供』でいられる最後の日。8月26日23時30分に此処で再会しよう、と。






約束の場所 1






わたしには幼馴染がいた。

宮田一郎という、きれいな顔立ちの、そのクセ、顔とは裏腹に結構男前な性格をしている彼はわたしの自慢の幼馴染で憧れでもあった。

いつも強くてまっすぐに前を向いて。

辛いことを沢山経験したし、悔しい思いを沢山抱いたと思う。

それでも、投げ出す事も逃げることもせずにまっすぐ自分の行きたい道を歩んでいた。

そんな一郎は一緒にいて眩しくもあり、わたしの誇りでもあった。


一郎のお父さんとわたしの母はいとこ同士だ。

元々実家は近くなかったが、母が結婚して引っ越した先に宮田家があったとか。

だから、一郎のお母さんとも仲良くなったし、お互いの子供の将来について語り合った仲だと聞いている。

何の因果か、わたしと一郎は誕生日が一緒で生まれた時間もさほど変わらない。

だから、小さいときはどっちが上かで喧嘩したこともあった。一郎は頑として自分がお兄さんだというのを譲らなかったと思い出す。実際は、わたしの方が5分早く生まれている。

病院も一緒だったから、もう家族というか、双子だとかそんなことをわたしの母は笑いながら言っていた。

けど、一郎の家族はそう長くは続かなかった。

おじさんがボクシングの試合中に顎の骨を砕かれた。

それが原因でおじさんは入院し、そして、おばさんがいなくなった。

毎日お父さんのお見舞いに行く一郎の背中がとても寂しそうだったのを覚えている。そんな一郎にどう声を掛けていいか分からずにわたしは思わず泣いてしまった。

泣いたわたしを見て、一郎は困ったように眉を顰めて、そして言った。

「俺が、チャンプになるから。だから、は泣かずに俺を応援してよ」


その日以来、皆が野球やサッカーをして遊んでいるときも一郎はただ只管目標に向かって体を鍛え、泣きたくなるくらい厳しい練習に耐えていた。

けど、わたしは一度も一郎の泣き言を聞いたことがない。

わたしにくらい、泣き言を、愚痴を言ってくれても構わないって思っていたのに。

小学校を卒業する頃には、一郎はあまり笑わなくなっていた。

ただ強くなる事、闘うことしか考えていない、そんな感じだった。

それでも、わたしにだけは一郎は笑う。

他愛ない事を話して、笑って喧嘩をして。

初めて、一郎がわたしの手を握ってきたときはどうにかなるんじゃないかと思うくらい緊張して意識が飛んで行きそうになった。

でも、そんな意識が飛びそうな感覚はわたしの笑い声で収まった。

どうしたの?と聞きたくなるくらい一郎は真っ赤になっていた。

笑うわたしに不機嫌な表情を向けながらも一郎はその手を離そうとせず、わたしもその手を強く握った。


中学に上がってからも一郎はボクシング漬けの毎日を送っていた。

『恋人』というものに幻想を抱いていたわたしにとってみれば、一郎はどう考えてもその幻想から遠いもので、それについて納得を出来るほど大人でもなければ我侭を言えるほど神経が図太くもなかった。

そんなわたしの心境を察してくれていたのがおじさんで、やはり大人は違うと心から感心してしまう。

毎日練習だけど、やはり体を休めないといけないこともあって。

そんな日はおじさんのアドバイスかどうかは分からないけど、一郎と出かけることが出来ていた。

と、言っても所詮は中坊。

出かけるなんて言っても大したところに行く事もなく、何となくプラプラと散歩をして、ということ以外は学校の宿題をどちらかの家でするとかそんな感じのことしかない。

そんなの、一郎と恋人同士になる前からあることで、それでも何故か2人きりというものにドキドキした。

しかし。

誰が言い出したのか『レモンの味』なんてのは真っ赤なうそだ。

わたしたちが特殊だったのだろうとは思う。

何てたって。ファーストキスの味は鉄だったのだから。

重ねた唇の、その勢いがあったようで、口の中を切ってしまいあらゆる意味で苦い経験だった。


口の中に鉄の味が広がって、何ともいえないそんな感動のファーストキスにわたしは可笑しくて声を上げて笑った。

何だかとてもバツが悪そうにしていた一郎もわたしにつられたのか、笑う。

ひとしきり笑って、一郎が言った。

「俺、の笑い声好きだな」

突然で、何処がどう褒められるポイントだったのか未だに分からない。

分からないけど、何だか最上級の褒め言葉を貰った気がしてとても嬉しかった。

そして再び重ねた唇は遠慮がちで本当にかすかに触れるものだったけど、今まで感じたことのないくらいの優しさを感じた。







桜風
07.11.10


ブラウザバックでお戻りください