| 青臭い、それこそお互いの性格に合わせたかのような不器用な恋愛は続き、高校に上がった。 一郎は大して考えていなかったんだろうけど、わたしはせめて一緒の学校に通いたいと思って一郎と同じ学校を選んだ。 しかし、高校に上がればプロへあと一歩という距離で一郎の目にはボクシング以外映らなくなった。 それは、きっとわたしも例外にはなれていなかった。 少しずつ、わたしとの関係も一郎にとっては義務感のように感じてきていたのか、それともプロボクサーとして世界を目指そうとしている一郎にとって重荷になってきたのかそれは分からないけど何だか歯車が少しずつかみ合わなくなってギシギシと音を立て始めていた。 そんな中、父の転勤の話が出た。 正直、一郎と離れたくないって想いが半分、ぎくしゃくせずに離れられるという気持ちが半分でとても複雑だった。 一郎のことを嫌いというわけではない。 けど、やはりボクシングをしている一郎はそれ以外目に映ることがなくて、一郎の見ているものの中にわたしがいないことを受け入れられるほどの覚悟もなかったんだと思う。 だから、父の転勤の話を一郎に案外すんなり話すことができた。 わたしの話を聞いた一郎は意外なことに寂しそうな表情を見せてくれた。わたしは、それがとても嬉しかった。 「どうしたんだよ、こんな遅くに」 17の誕生日の前日、わたしは一郎の家を訪ねた。 本当に、夜遅くて一郎はすごくビックリした表情だった。 「まあ、付き合ってよ」 そう言うと一郎は肩を竦めておじさんに一言声を掛けて戻ってきた。 「で?は何処に付き合ってほしいんだ?」 一郎は少し呆れたように言いながらもわたしの手を取る。 一郎のその行動にわたしは泣きそうになった。 わたしはまだ、一郎の隣に居てもいいんだ。 だから、本当なら全く行き先を決めていなかった最後の夜の散歩の行き先が決まった。 「こっち」と言って足を進めるわたしに文句を言うことなく一郎は静かに並んで歩いてくれる。 わたしが向かったのは公園。 幼い頃、わたしと一郎が一緒に遊んだ公園だ。 「此処に来たかったのか?」 驚いたように言う一郎に、「ん、」と返事をして公園の入り口に佇んだ。 子供の頃、毎日この公園で駆け回って遊んだ。 一郎と一緒に此処で遊んだ記憶は本当に幼い頃のものしかない。 一郎は、すぐにボクサーになっちゃったから。 何も言わずに佇むわたしの隣で一郎は文句を言うでもなく、ただ静かに並んでいた。 ピピッと電子音が聞こえた。 「誕生日、おめでとう」 不意に降ってきた声に驚いて見上げると一郎が微笑んでいた。 今の音はどうやら一郎の腕に嵌っているデジタル時計から発せられたものらしい。 「おめでとう、一郎」 もう、一郎から「おめでとう」と言ってもらえないのか。 暖かなものが頬を滑る。 「泣くなよ」 そう言って一郎の大きな手が涙を拭ってくれる。 「...泣いてないよ」 一郎は困ったように笑ってわたしの頭を優しく撫でる。 「帰ろう。今日だろ、引っ越すの」 コクリと頷くと一郎はそのままわたしの手を引いてさっき来た道を戻る。 「あのね、一郎」 「ん?」 「19歳の最後の日。またあの公園で会おう」 不意に突然思いついた言葉を口にする。 一郎はそのまま返事をせずに足を進めていた。 一郎は出来もしない約束はしない主義で。だから、つまりは。わたしが今言った事は約束できないということだ。 わたしの住んでいるマンションが視界に入ったとき、ポツリと一郎が言う。 「何時だ?」 何を言っているのか分からずに見上げると 「何時にするんだ、待ち合わせ」 そんなことを言う。 「大人になる30分前!」 慌てて適当に思いついた時間を言うと一郎は眉間に皺を寄せて 「遅いだろう。夜出歩くのは危ないんじゃないか?」 とお父さんのようなことを言う。 「良いじゃない。子供として最後の冒険よ」 一郎は肩を竦めて「オーケー」と言った。 マンションに入る前、一度振り返り一郎を見る。 「ばいばい」とお別れを言ってマンションに入ろうとしたら 「」 名前を呼ばれて振り返ると何かが飛んできていた。 慌てて受けとって見てみると、それは少しゴツめのデジタル腕時計。 「誕生日プレゼント」 わたしはそれを腕につけた。まだ、少し一郎の腕のぬくもりが残っている。 「ありがとう」 時計をつけた腕を上げて一郎にお礼を言った。 一郎は軽く手を挙げてそのまま背中を向けていつものようにスタスタと近所の宮田家へと帰って行った。 本当に、いつもと変わらなかった。 |
桜風
07.11.24
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