| 溜息を吐いてもう一度時計を見る。 やっぱり漏れる言葉は「あーあ」で。 あと3分でわたしは大人になってしまう。 覚えていたのはわたしだけで、一郎はもうあのときの約束は覚えていないんだ。 それは寂しい事だ。 だけど、仕方がないとも思う。 あんな些細な、成り行きでした約束なんて忘れられて当然だし、寧ろしつこく覚えていてさらに一郎がその約束を覚えていると思い込んでいたわたしがどうかしてたんだ。 ピピッとあの日と同じようにゴツイデジタル時計が音を発する。 とうとう、大人になってしまった。 |
| わたしは諦めて公園を後にした。 タッタッタ、とアスファルトを蹴る音がする。 ここら辺は交通量が少ないからそんな小さな音も耳に届く。 夜中に走るっていうことは、きっとスポーツかなんかやってる人なのか、それとも眠れなくて体を動かしている人なのか。 「!」 名前を呼ばれた気がして振り返るとアスファルトを蹴りながらやって来る人影がある。 それは、逞しくなった宮田一郎だった。 驚いたわたしは一歩も動く事ができずにその一郎がわたしの前までやってくるのをただどこか遠い風景を見ているかのような感覚で眺めることしか出来なかった。 わたしの前で一郎は息を切らせながらも苦笑いを浮かべている。 「悪い、遅くなった」 開口一番それ。つまり、一郎は覚えていたということだ。 「覚えて..?」 「約束、しただろう?っていっても大遅刻だけどな」 そう言ってもう一度「悪い」と謝る。 「ほ、本当だよ。お陰でわたし大人になっちゃったじゃないの」 出てきた言葉がこんなに可愛げのないものになった自分に少しだけ呆れながらもこれが今の精一杯だ。 「そう、だな。誕生日おめでとう、。あと、遅刻してごめん」 あまりにも変わらない一郎にわたしはどうして良いかわからずにあの時と同じように涙が零れる。 「また泣くし」 困ったように笑って一郎はやはりその大きな暖かな手で私の頬を伝う涙を拭う。 「泣いて、ないもん」 そう言いながら一生懸命涙を拭っていると「ああ、そんな擦るなよ。赤くなるぞ」と一郎の手に掴まれる。 そして、その手がわたしの腕時計に当たる。 「使ってくれてるのか。でも、ゴツイだろ。服に合わなくないか?」 少しだけ嬉しそうな声で一郎が聞く。 「いいの。一郎から貰ったものだもん」 そう言うと一郎は驚いた表情をした。 「...は、今何処にいるんだ?」 「駅ふたつ向こうの町」 わたしの返答に一郎は目をぱちくりした。 「帰ってきてたのか?」 「大学、こっちにしたの」 そう言うと一郎は笑う。嬉しそうに、優しく。 「じゃあ、俺の家と近所かもな」 今度はわたしが一郎の言葉に驚く番。 「え、家は?」 「ああ。引き払ったんだ」 「何かあったの?」 わたしが聞くと一郎は肩を一度竦ませて 「別に、これと言って何があったってわけじゃないけど。まあ、うん。あの家はもうないんだ」 何があったか良く知らない。けど、深く追求しないでおこうって思った。 「じゃあ、は明日時間あるか?」 一郎の言葉に頷くと 「誕生日プレゼント、買いに行こう。今度はもう少し優しい感じの時計」 一郎の言葉が嬉しくてわたしは頷く。 「明日は、遅刻しないでね」 わたしの言葉に一郎は目を大きくしてバツが悪そうに笑う。 「ああ、勿論」 「待ち合わせは何処にしようか?」 「...の家に迎えに俺が行くよ」 「家、知らないでしょ?」 わたしが聞くと 「今から送って帰るんだから、大丈夫だろ?」 そう言って一郎はわたしの手を取る。躊躇うことなく、当たり前に。 繋いだ手から伝わる一郎の温もりは、相変わらず優しくて、また泣きそうになったわたしは誤魔化すように一郎の手をキュッと握った。 |
桜風
07.12.8
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