| 普段使わない電車に乗って用事を済ませ、帰ろうと再び駅に向かった。 切符を買って駅の改札を抜けようとしたとき、ひとりの女の人が腰を屈めて何やら探している。 まあ、俺に知ったことじゃないし。 初めはそう思った。 けど、不意に視界に入った彼女の真剣な眼差しに思わず足が止まる。 ああ、俺ってホント... 「どうかしたんですか?」 彼女に声を掛けると驚いたように顔上げた。駅の構内に膝をついて視線を低くしていたってことは何かを落としてそれを探しているのだろうけど。 それにしたって、こんな人ごみの中。周りの人に冷たい視線を投げられながらもそんなことをしているというコトはよほど大切な何かを失くしてしまったように見えた。 「あ、いえ。ごめんなさい」 そう言って彼女は立ち上がって膝を軽くはらう。 「何を落とされたんですか?」 俺の言葉に彼女は驚いた顔をする。 「手伝いますよ」 「え、でも...」 彼女は断ろうとした。けど、一言だけ「指輪、です」と言う。 指輪か...見つけにくいな。 そう思いながらも俺も膝をついて視線を低くして何か光るものを探す。 「あの、本当にいいです。汚れちゃいますよ」 「汚れて困るような服じゃないんで大丈夫ですよ」 そう言って探す事20分くらい。 「あの、ありがとうございました」 彼女に声を掛けられて顔を上げる。 「見つかったんですか?」 「いいえ。でも、もう約束の時間になるんです。折角手伝ってくださったのに。本当にごめんなさい。ありがとうございました」 彼女のその言葉を聞いて俺は立ち上がる。 よく見れば彼女は確かに洒落た格好をしている。 例えるなら、これからデートのような。 というコトは、今俺たちが探していた彼女の指輪はその彼氏から貰ったものかもしれない。 あまり詮索するのも趣味じゃないし、高々指輪くらいでどうこうなる事は無いだろうと思った。 「分かりました。じゃあ、気をつけて」 彼女の背中を見送って改札を通った。 しかし、それから何となく彼女のことが気になった。 とは言え、名前も電話番号も住んでいる場所も知らない。 たった一度駅の構内で会っただけの人だ。 そうそう会えるものでもないし、それに会って何を話す?会話が苦手と自負しているクセに何を考えているんだか。 そんな自分が少し可笑しく思えた。 その日も用事があって久しぶりに利用した駅。 「あ!」 後方から声がして振り返れば、あの日の彼女だった。 「あの、こんにちは」 遠慮がちに彼女が声を掛けた。 「ああ、お久しぶりですね」 俺が言うと彼女はほっとした表情になった。 「はい、お久しぶりです。あの、ずっと前ですけど。声を掛けてくださってありがとうございます。凄く嬉しかったです」 「いいえ。それで、結局見つかったんですか?」 見つかるはずがないけどそう聞いた。 『その後、彼とはうまくいっていますか?』なんてあからさまな事はさすがに聞けない。 彼女は少し寂しそうな笑顔を浮かべて 「いいえ、結局見つかりませんでした。けど、あのあと彼に振られたから丁度良かったんです」 という。 「指輪を、なくしてしまったからですか?」 「いいえ。どうも私って鈍いみたいで。前から二股かけられてたみたいです。それで、私の方が要らなくなったって」 悪い事を聞いてしまった。 「そんな顔、しないでください。もう吹っ切れたんですから。もしかしたら、指輪を失くしたのだって神様が前以て教えてくれたからかもしれません。彼との終わりを」 そう言って笑う彼女は多少寂しそうに見えても、本人が言っている通り吹っ切れた印象もある。 「そう、ですか」 「はい。それで、今日はえーと...あの、私の名前、です」 突然自己紹介されて面食らっていると 「お名前、聞いてもいいですか?」 と言われてやっと納得した。さんは俺に名前を聞く前に自分の名前を名乗ったんだ。 何だか律儀な人だと思った。 「宮田。宮田一郎です」 俺が名乗るとさんは嬉しそうに笑う。 「あ。ありがとうございます。えーと、宮田さんにお礼がしたくて。良かったらお食事でもどうですか?今日都合が悪かったら別の日でも良いので」 やっぱり律儀な人だ。 しかし、そうだな... 「今日は、ちょっと都合が悪いので別の日でも良いですか?」 「勿論です!」 そう言ってさんは自分の連絡先を俺に教える。 けど、 「あの。もう少し慎重になったほうが良いと思うんですけど。俺が悪い奴だったらどうするんですか?」 「...宮田さんは悪い人なんですか?」 逆に真剣な瞳で聞き返されて噴出してしまった。 「いや。悪い人じゃないとは思うんですけど...」 「じゃあ、大丈夫じゃないですか。それに、初対面の私の探し物に付き合ってくださったじゃないですか?悪い人はそんなことしないと思いますよ?」 彼女にそう言われて思わずなるほど、と納得する。 「じゃあ、都合のつく日があったら連絡くださいね」 彼女はそう言って駅の出口へと向かう。 ふと視線を外すと光るものが見えた。 手に取るとそれは指輪で。もしかしたら彼女が落としたものかもしれない。 毎日掃除をしているのにそんなはずは無い。 そう思ったけど、どうしてもそれがさんがあの時必死に探していたものに思えて仕方がない。 それでも、これはもう彼女にとって必要がないものだと。そんな感じのことを言っていた。 それを拾い上げてゴミ箱に放った。 カラン、と乾いた音を立ててそれは目の届かないところへと消える。 さて、いつ彼女に連絡を入れようか... そんなことを考えながら駅の改札を通過した。 |
桜風
07.4.27
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