目が離せない





普段の生活で『どんがらがっしゃん』と表現できる音を耳にすることが出来る機会なんて本当ならどれくらいあるのだろう。

しかし、その音が日常的、寧ろBGMになっていると言っても過言ではないところがある。

そこは部屋の中で色んな音がしている。

しかし、『どんがらがっしゃん』と鳴った時だけ水を打ったようにシーンと静まる。慣れているといえば慣れているが、それでも思わずその音を出した主を見てしまうのだ。

「飽きもせずに、まあ...」

肩を竦めて青木が言う。

「まあ、ホント。怪我しないのが不思議だよな」

「そう言って安心してたらいつか大怪我すんじゃねぇか?」

木村の言葉にそう返しながら、「いたた」と腰を押さえたまま体を起こす少女を見た。

彼女は自分たちと同じ年だ。

しかし、自分が言うのも何だが、落ち着きがない。

キャッキャした落ち着きのなさではなく、周囲をハラハラさせる落ち着きのなさだ。


そして、ハラハラしている最たる人物が彼女に足を向けた。

「大丈夫ですか、さん」

溜息交じりにそう言って手を差し伸べたのは先日高校生となった宮田一郎だ。

「あー、ごめんね。すぐに片付けるから」

宮田の差し伸べた手を取らず恥ずかしそうに頭を掻いているのが、いつも、少なくとも1日1回は『どんがらがっしゃん』と何かしらばら撒いているだ。

彼女は会長である鴨川源二の友人の孫で、東京在住だが、両親が仕事の関係で殆ど日本に居ることがないため、彼女が高校に上がってから面倒を見ているらしい。つまり、このジムに顔を出し始めてから3年目に突入したこととなる。

面倒を見てもらっているのだからお礼をしなければ、という全うな心構えから鴨川源二のジムで手伝いをしているのだが...

手伝い6割、その他4割と言ったところだろう。かろうじて手伝いの方が占めている割合が上だ。

床にばら撒いたバンテージや包帯、テープなどをかき集め、かごの中に入れる。

宮田もそれを手伝う。いつもの光景だ。

片づけが終わったところに、鴨川が顔を出す。

何か大きな音がしたらきっと彼女がこけたということだ。怪我などしていないだろうかと少し心配になり、早めにジム内へ顔を出すことになる。

、八木ちゃんの手伝いの方を頼む」

八木の手伝い。つまりは、事務仕事。

こける心配もないし、怪我だってすることはないだろう。何より、彼女は計算が速いし、整理整頓が得意であるため、そういう仕事をさせたら本当に助かる。

こうやって何かをばら撒いてしまったり怪我をしそうなことをされるよりは安心できるのだ。

「はーい」と返事をし、「ありがとうね、宮田くん」と宮田に礼を言っては事務を後にして事務所へと向かった。


「それにしても、ちゃん。何かいい事あったんですか?」

ここ数日、落ち着きのなさが通常の2割増に見える。

「今週末にあれの両親が久しぶりに戻ってくるそうだからな」

「へー、久しぶりの再会か」

感心したように青木が言った。

「今度は長く日本に居るらしい」

と、いうことははここに来なくなるのか...?

盗み見るように木村と青木は宮田に目を遣る。

分かりにくい。分かりにくいが、少し落ち込んでいるのか?

トレーナーである宮田父を見た。

木村たちの視線に気づいた彼は肩を竦める。宮田が落ち込んでいるのかどうか、教えてくれるつもりはないらしい。



さん」

練習が終わったところにちょうどが降りてきた。手には財布を持っているため、買い物でも頼まれたのだろうか。

「あ、宮田くん。練習終わり?」

「ああ、うん。さんは、買い物?」

「そう、事務用品のお遣い」

そう返したに宮田は黙り込み、そして壁に掛けてある時計を目にする。大丈夫、まだ時間はある。

「付き合うよ」

「いいよ。さっきまで練習してて疲れてるでしょう?事務用品だし、重くないし」

そう言って断るに宮田は何だかんだ言いくるめて一緒に事務用品を買いに出かける。

「そういえば。ご両親、帰ってくるんだって?」

不意にそう言われては驚き、隣を歩く宮田を見上げる。

「あー...何で知ってるの?」

「会長が言ってた。今度は長いって」

「長いって言っても2ヶ月くらいのものだよ?その間に大学どうするんだーって話になるんだろうけど...実はまだ進路決めてなくて。両親に会う前にそれを考えないと...」

溜息をついたに宮田は安堵の息を吐いた。

今の話しぶりだと両親についていくとかそういう話にはならないらしい。とりあえず、今のところは。

が最近2割増くらいで落ち着きがないのも進路を決めなければいけないという焦りからきていたのだろう。

「でもさ..きゃあ!」

何か話そうとしたらしいは言葉を口にしている途中で短く悲鳴を上げた。

宮田はそのまま反射でその体を支える。

振り返ると小石が道端にちょこんとあった。

もしかして、あれに躓いたのか?本当に危なっかしい人だな、と思いながら「さん、大丈夫?」と声を掛けた。

「あー、うん。びっくりした...」

それはこちらのセリフ。

そう思いながらも宮田はそのままの手を取って足を進める。

が嫌がるそぶりを見せないからこのままで居ようとひっそりと決めた。

「宮田くんには助けてもらってばかりだね」

床にばら撒いた色んなものを拾う手伝いをしてもらったり、それ以外にも色々と手伝ってくれる。

困ったな、と思っていると手を貸してくれるのも宮田だ。

さんは、目が離せないからね」

苦笑しながらそういう宮田に「なんですってー!」と抗議の声を上げるだったが、実は口元が緩んでいたというのは宮田が知らない事実。

そして、に顔を向けないようにしている宮田の顔が仄かに赤くなっているということは、が知らない事実。

2人は沈黙したまま事務用品を買いに行くため、夕焼けに向かって足を進めた。





一歩のアニメ化記念企画に声を掛けていただきました。
ありがとうございます。
アニメ化、本当に楽しみです。
秋月さん、声を掛けてくださってありがとうございます!!



桜風
08.10.26執筆
09.1.9掲載


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