| 突然その話を聞いたときには凄く驚いて暫く唖然としたけど、そのときついでに差し出された鍵は受け取っておいた。 そうでないと、自分に対してとんと無頓着な一郎のことだ。 取り敢えず、腐れ縁の幼馴染としては気に掛けても全く問題ないと思う。というか当然のような気がする。 それでもそんなしょっちゅう行かないようにはしている。 一郎だって練習に忙しいだろうし、わたしだって大学生で忙しい身でもある。 だから、時間が空いたそのときにふらりと様子を見に一郎が一人暮しをしているマンションへと向かう。 一応礼儀としてインターホンを鳴らし、そして反応が無かったから預かっている鍵でそのドアを開ける。 意外と几帳面な一郎の部屋はあの家に居たときも整頓されていて、それは一人暮しを始めた今でも変わらない。 一郎の家は取り壊されて、今はマンションが建っている。 わたしにとっても思い出深いあの家がなくなることにはかなり寂しさを覚えたし、それについてはおじさんも少々心が痛むと言ってくれた。 それでもそれは一郎とおじさんには必要な事で。そして、今の生活もあの2人には必要だと聞いた。 家の中に入って冷蔵庫を開ける。 何もない。 有ると口に入れてしまうから入れないようにしているんだろうけど。 それにしたって、冷蔵庫が自分の仕事が出来ないと嘆きそうなくらい何も入っていない。 試合の予定を聞いてないってことは、まだその予定がないということだろうからちゃんと今日は食べさせよう。 鞄を部屋の隅に置いてぽすん、とベッドに腰掛ける。 この部屋は昼間は日当たりが良くて、今の季節は睡魔の威力が増してしまう。 家の主が居ないのに寝るのは礼儀知らずであるような気がして、わたしは必死に睡魔と戦った。 家に帰ると女物の靴があり、がやってきたのが分かる。 「何だ。来てたのか」 声を掛けても返事がない。 家の中に数歩入っていくと床に何か身に覚えの無い大きさの物体があって。それがだと気付いたときにはそんなに広くない部屋の中へ駆け寄っていた。 しかし、すぐ側にいくとが寝ているだけだと分かり、溜息が漏れる。 「心配させんな...」 察するに。 眠いがその眠りへの誘いに抵抗してみて、結局睡魔に負けて此処で寝てしまったといったところか。 以前が言っていた。 『一郎のこの部屋は人が住む気配が無いのに、こんなに日当たりが良いなんて贅沢だ!』 俺が決めたのではなく、会長の紹介の部屋だし、俺がそう希望したものじゃないからそんな文句を言われても... 初めはそう思っていた。 けど、はウチに来るたびに居眠りをしているからその日当たりの良さを満喫する人物が居るってことで無駄な好条件にはなっていないと最近は思う。 だから、がこの日当たりを満喫すればいいんだ。 いつの間にか小さくなったの体を抱えてベッドへと向かった。 日の光を受けて温かくなったシーツの上にを横たえて、一応風邪を引いてはいけないから布団も掛ける。 ジムに行く準備をして家を出る前に書置きをした。 『食いたいもの=ハンバーグ。 眠いときは無理しないでベッドで寝ろ。今更だろ』 家に帰ると食欲をそそる匂いが部屋の中に広がっていた。 「おかえりー」 すっかり目が覚めたが明るい声を掛けてきた。 「おー。良く寝れたか?」 そう言いながらテーブルにおいてある紙を目にする。 さっき俺が書き置いた紙。それにはの特徴ある字で『りょーかい』と書いてあった。 「何で起きてるのに態々書くんだよ」 紙をヒラヒラ振って聞くと 「お手紙にはお手紙で返すべきかなーって思って」 楽しそうに笑いながらが言い、まあ、そう言うだろうなと何となく予想できていた俺もそんなに気にせずバッグを部屋の隅に投げた。 「でもさ、やばいよ一郎」 「ん?」 「たぶんね、夜寝られないくらい熟睡しちゃったよ」 「明日の授業中寝るなよ」 とからかうと 「はっはー。...無理!」 爽やかに宣言された。 「大学生になったって言うのに全然変わらないな」 呆れて言うと背中を向けていたは上半身を捻って振り返り 「それって、一郎にとって褒め言葉でしょ?」 そう言って笑う。 俺の周囲はどんどん変わっていった。それを悪いとは言わないけど、良いとも言えない。 いつの間にか昔を思い出す時間のない生活を送るようになっていた。 それでも、唯一変わらないものが目の前にある。 ああ、確かに褒め言葉だ。 「そういうことにしておいてやるよ」 「素直じゃないなー」と笑いながらは包丁を鳴らす。 この包丁の音は凄く心が和み、そして眠くなる。 ウトウトとしていたらすぐ近くで笑う気配がしてそして何かが肩に掛けられる。 それが何か。 はっきりとわからないまま、俺は心地良いまどろみの中へと落ちていった。 |
相互していただいている『slow.』のみず子さんへ。
桜風
07.4.18
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