去年の約束





信号が青に変わる。

2、3歩歩いて自分お隣に居るはずの人が見当たらず振り返った。

さん?」

声を掛けると彼女は驚いたように振り返り「ごめん、ごめん」と駆けてきてそのまま自然に宮田の手を取ってそのまま繋ぐ。

彼女が信号が変わったことに気づかないくらい見入っていたそれを確認して宮田は呟く。

「やば...」


宮田とはコンビニでバイトをしている所謂『バイト仲間』で、約1年前からはさらに『恋人』という間柄にもなった。

とある町内会の夏祭りに行ったことがきっかけで2人は付き合うこととなったのだ。

そして、その夏祭りの際、彼女と宮田は約束をした。

来年もその夏祭りには2人で行き、その際には宮田も浴衣で、と。

約束、と言っても『出来れば』といった程度のものだが。

それでも、宮田はすっかり失念していた自分に呆れた。


家に帰って父に浴衣の所在を聞くとこの家にはなく、おそらく祖父の家にならあるだろうという答えを聞いた。

祖父の家は遠い。往復で約1日掛かる。

祭りの日まで少し猶予はあるけど、祖父の家に行く時間を確保する余裕はない。

仕方ない、と思いながらある人の顔を思い浮かべる。

借りに行くしかあるまい。



翌日、宮田は重い足取りで花屋を目指した。

実家に住んでいて、こういったイベントごとは抑えているであろうあの人はきっと浴衣の1つや2つ持っていてもおかしくない。

店の看板が目に入ったと思ったら丁度良いのか悪いのか、今尋ねていこうと思っていた人物が店先に出てきた。

「お?宮田、どうした。珍しいな」

「どうも」

彼の目の前に立って宮田はそのまま俯いた。

そんな宮田の様子を首をかしげながら見守る。

「木村さん、浴衣持ってます?」

突然の言葉に木村は驚いたが、すぐに宮田的に嫌な笑みを浮かべる。

「まあ、ウチに有ると言えば有るけど...」

じゃあ、「ある」でいいだろう!?

そんな事を思いながらも大人しく続きの言葉を待つ。

「何、お前。デート?」

宮田は思い切り深い溜息を吐いた。

「とりあえず貸してください」

面倒くさそうに、おおよそ人に物を頼む態度とは思えない態度で宮田はそう言った。

「へー、ふーん。お前答える気ないんだ?」

そう言って徐にポケットから携帯電話を取り出した。

「たっかむらさん、たかむらさん」と呟きながら操作を始める。

思わず宮田は木村の手を掴んだ。

そろりと見上げるとニッとなにやら勝ち誇ったような笑顔を向けてきた。それを目にした宮田は深い溜息を吐いたが「そうですよ」と先ほどの答えを口にする。

「イロガキめ」と木村は宮田をからかうが、宮田は肩を竦めただけで何も返さない。

そんな宮田の反応に同じく木村は肩を竦めて息を吐いた。

「ま、面白い情報聞かせてもらった礼に貸してやるよ」

「ありがとうございます」と返した宮田は少し木村を見上げていた。

「ああ、心配すんなって。鷹村さんにも言わない。あの人が関わると碌なことになんねぇからな」

苦笑しながら続けた木村に宮田はほっとした。

「んじゃ、まあ。ついてこい」

そう言って木村は店の奥の自宅へ向かい、宮田もそれに続いた。

母に宮田の話をするととても嬉しそうに押入れをあける。

その中から浴衣を取り出してサイズを見た。

「ああ、これがいいね。きっと宮田くんに似合うよ」

家にある浴衣を並べてそれを全て宮田に宛ててみてその中のひとつを選んでそう言った。

「すみません、じゃあ、これを借りて帰ってもいいですか?」

宮田が言うと木村の母は快諾したが、ふと思い当たったように「でも」と言う。

「自分で着られるのかい?」

言われて言葉に詰まった。無理...

「じゃあ、お祭りの日にうちにおいで。着付けてあげるから。脱ぐのは簡単だから宮田君の家で脱げばいいしね」

そう提案されて素直に礼を言う。



昨年と1日ずれた日が今年の夏祭りだ。

昨年同様、宮田とは駅前に待ち合わせをした。

今回は彼女が浴衣だと言うことも知っているし、何よりその柄だって知っているから彼女を見つけることくらい朝飯前。

そんなことを思いながら宮田は待ち合わせ場所周辺を見渡した。

だが、どうやら彼女は遅れているらしくそこにはまだ現れない。

何度か時計を確認したが、約束の時刻はもう過ぎている。

事故か何かかと心配していると

「今年もですか。ああそうですか」

と背後から声を掛けられた。

心臓が止まるかと思った...

振り返ると、自分の記憶にない浴衣を着た子が立っている。

それは間違いなくだが...

「えーと、去年と違うよな?」

宮田は恐る恐る確認してみた。

去年は藍色の浴衣で朝顔の柄だったはず。なのに、今目の前に居るのは白っぽい色の浴衣で金魚の柄だ。

は機嫌よく頷く。

「凄いじゃない!去年の覚えてたんだ。じゃあ、仕方ないね。さっきから10分くらいこんなに可愛らしいお姉さんが立っていたのに気づかなかったことはたこ焼きと焼きそばとりんご飴でチャラにしてあげる!」

「...そりゃどうも」

宮田が返すとやはり彼女は機嫌よく笑った。

「約束、ありがとうね」

『約束』が何を指しているのか分かった宮田は「や、別に」と少しだけ良心が痛む思いで顔を背けて返した。

「人に借りてまで着てきてくれたじゃん」

の言葉に宮田は思わず顔を向ける。

「違った?」と言うに「や、あってる。ごめん」と返す。

はまた笑う。

「何を言ってるの。だから、ありがとうが大きいんじゃない。『家になかった』でも良かったのに、態々借りてくれてさ」

上機嫌には笑って宮田の手を取り「さ、行こう」と言って足を進める。

「...なあ、さん」

「何?」

少し宮田を引っ張るように歩くが足を進めながら振り返る。

「何で借り物だって分かったんだ?」

とても不思議だ。

サイズも大体合っている。和服は少し大きくても誤魔化せるのがいいなと思ったくらいだ。

「それは、ヒミツです」

は人差し指を口に当ててそう言ってまた笑った。

「そーですか」と言いながら宮田はゆっくりと足を進める。

少し恥ずかしい思いもしたけど、これだけが喜んでくれたんだから借りて良かった。

そう思ったけど顔には出さずに、「さんってなんでそんなに胃袋に納められるんだ?」と照れ隠しに声を掛ける。

「それも、ヒミツです」

怒らずそう返したはまた笑っていた。







超今更ですが、相互ありがとうございますです、秋月さん(苦笑)


桜風
08.5.23(執筆)
08.7.20(掲載)


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