ゲーム





いつもの時間にその川沿いを歩く。

はいつもこの時間にこの道を歩くようにしていた。


数ヶ月前、偶然この時間にこの道を通ると人が走っていた。

川沿いを走る人なんて珍しくもないし、それだけだと騒ぐほどじゃない。

でも、はその時自分をそこで追い越したその人に魅かれた。

後ろから追い越されるだけだから顔ははっきり見えない。


でも、はそれでも良かった。

が好きなのは、自分を追い越して行くその人の背中。


初めて見たときからその背中が好きだった。

たくさんのものを背負っているけど、それに潰されない強い心を持っている人の背中。

友達に話すと大抵、

「やめときなよ、そんな不毛な恋。」

と言われる。

しかし、は自分がそんなものをしているとは思っていない。

が好きなのはその背中。

果たしてそれを『恋』と呼べるのか怪しいとさえ思っている。

にとってはこれはゲーム。彼に気付かれないようにして、気付かれたらそこでゲーム終了。



今日もはその時間にその川沿いを歩いていた。

いつものように足音が聞こえて、は嬉しくなる。

その人が自分を追い抜かしていき、が好きなその背中を眺めていると突然その人が振り返り、戻ってきた。

は慌てて俯く。

「こんにちは。...いや、今の時間やったら『こんばんは』の方がええんかな?」

突然話しかけられた。

「こ、こんばんは。」

はめいっぱい動揺した。心拍数が上がって呼吸が思うようにできない。

「なあ、ジブンいっつもこの時間にここ歩いとるよな?ああ、ワイは千堂武士いうんや。ジブンは?」

..です。」

か。ええ名前やな。」

「あ、ありがとうございます。千堂さんもこの時間に走っていますよね?偶然ですよね。あははー...」

乾いた笑いで動揺を必死に隠しながらは会話を続ける。

しかし、の言葉を聞いて千堂の返した言葉は

「偶然は、初めだけやで?」

だった。

それを聞いて益々はどうしていいか分からなくなる。

「初めてここで会って...言うか、見た言うか。まあ、を見たとき、なんやピンときたんや。ほんで、その次のときも同じ時間に走っとったけど、に会えんやろ?もお会えんのんかな思っとったら次の日はおってん。めっちゃ嬉かったんや。」


確かには、初めて千堂を見た次の日、用事があってこの時間にこの道を歩くことが出来なかった。

そして、も少し淋しかった。

しかし、彼も同じように思っていたとは予想外。

「そんで、な。...あ〜!まどろっこしいで、ワイ!!ワイは、が好きや。一目惚れいうやつなんかも知れんけど、それでもこれに嘘はない!」

思わずは顔を上げた。

千堂の真剣な瞳に捕まる。

「あ、...えと。」

千堂の言葉を聞いては考える。

本当に自分は千堂の背中だけが好きなのか。


何度か声を掛けそうになったのを覚えている。

でも、自分の存在を拒否されるのが怖くて、ただ、背中を見ていただけ。

勿論彼の背中は好きだけど、それ以上に知りたいことは山ほどあった。


話し掛けたらどうなるだろう。

普通に話してくれるかな?もしかしたら無視されるかも。迷惑そうにされるかもしれない。

どんな顔をしているのだろう。

優しい顔?それとも結構怖い顔?

声はどうなんだろう。

話し方はぶっきらぼうだったりするのかな?


そんなことを考えていた。


それを思い出して行き着いたところにあった気持ちは...


『不毛な恋』

おそらく一番そう思っていたのは、他ならぬ自分だった。



「えっと、私も千堂さんが好き...だと思う。」

「だと思うってなんや?」

「だって、私千堂さんのこと何も知らないもん。」

「...そう言われてみたら、そうやな。それなら、これから知っていけばええいうことやな。」

「そう..なるのかな?」

「ほな、これからよろしくな?」

千堂の人懐っこい笑顔に

「はい!」

はつられて満面の笑みで答えた。



こうして、のゲームはその笑顔と共に終わりを告げた。









桜風
08.8.27


ブラウザバックでお戻りください