The Charm






...助けて。」

今日は学校も休みだし、ゆっくり寝ていようと思っていたとき、携帯が鳴った。

無視しようかとも思ったけど、この着信音に設定している人は、電話に出るまで何度でも掛けてくると分かっている。

仕方がないので出てみると、あの一言で電話が切れた。

人に助けを求めるような男じゃないし、何より、様子が変だ。

私は急いで彼の家に向かった。


彼の家、即ち千堂商店はシャッターが降りていた。

裏口に回ってみると、無用心にも鍵が開いていたのでそのまま中に入って彼の部屋を目指す。

「武士、入るよ。」

ノックをして声を掛け、部屋に入るとそこにはヘロヘロになっている武士の姿が。

私は徐に携帯(カメラ付き)を取り出し、構えた。

「何しとんのや。」

「記念撮影。こんなに弱ってる武士の姿なんて滅多に見られないでしょう?」

「ヤメレ。それ壊さなあかんようになるで?」

「それは、イヤ、だな。どうしたの、風邪?」

「そうや、38度2分。めっちゃキツイねん。、何とかしてくれ。」

「何とかしてって...お祖母ちゃんは?」

「敬老会とか何とか言っとったわ。旅行やて。」

元気だなぁ、おばあちゃん。

でも私、お医者さんじゃないし...医者?いるじゃん。


『もしもし。』

「お兄ちゃん、です。お願いがあるんだけどいいかな。」

私は、近所の9歳年上のお兄ちゃんに電話をかけた。

お兄ちゃんは、東京の大学を出て実家の病院をを継ぐのに戻ってきている。

『言うてみ?』

「あのね、武士が風邪を引いたみたいなんだけど、もし良かったら、診てくれないかな。

今日は病院休みなのは知っているんだけど...」

『大丈夫や。これから準備して行くから。ちょお待っとき。』

そう言ってお兄ちゃんは電話を切った。

「良介か?」

「そだよ。私よりもよっぽど頼りになるでしょ?お兄ちゃんお医者さんなんだから。」

武士は目に見えて不機嫌になった。

最近武士はお兄ちゃんと仲がよくない。と言うよりも、武士がお兄ちゃんを敵視しているみたい。

小さい頃は、お兄ちゃんによく遊んでもらって後ろを付いて歩いてたのに。


それから10分位してお兄ちゃんが来てくれた。

お兄ちゃんは武士の部屋に入るなり、鞄の中から徐にデジカメを取り出して構える。

「...念のために聞くけど、何しとんのや、良介。」

「何って記念撮影やんか。馬鹿もたまには風邪を引くって。」

「馬鹿って言うな!ちょお、それ貸せ。壊したるわ。」

「壊されるん分かっとって渡すわけないやろ。ま、今日はやめとこ。

ちゃん、武士の体温測った?」

「うん、38度2分だって。」

「これはまた、立派な風邪やなぁ。」

そう言いながらお兄ちゃんは鞄の中をごそごそと漁っている。

鞄の中から取り出したのは注射器とそれ用の薬。用意をしているお兄ちゃんに、

「良介、それ注射やんか。」

「そうや。熱下げるのにな。この方が早う治るで。」

「嫌や、注射は絶対嫌や。注射されるくらいなら、このままの方がええ。」

武士は断固拒否の姿勢を示した。

「武士、我侭言わないの。早く熱が下がった方がいいでしょ?」

「絶っ対に、イ、ヤ、や!」

「仕方ないな。ちゃん、ちょお耳貸して。」

そう言ってお兄ちゃんが耳打ちしてくる。


「...本当に?」

「大丈夫や、やってみたら分かるて。」

「...何やの、2人してこそこそと。」

私はお兄ちゃんに言われた通り武士のそばまで行って、頬にキスをした。

すると武士は固まり、その隙にお兄ちゃんが武士に注射を済ます。


私がお兄ちゃんに言われたのは、こうだ。

―――武士がおとなしゅうなるおまじないや。武士のほっぺにキスしてみ?

武士がおとなしゅうなるやろから、その隙に、注射済ませるわ。―――

お兄ちゃんの言ったとおりになった。


薬もいくつか処方してくれたお兄ちゃんが帰ると言ったので玄関まで送った。

ちゃん、さっきのおまじないは、有効な手やけどそんなポンポンするもんやないで?

奥の手にしとき。あれは慣れたら効果なくなるからな?」

「分かったお兄ちゃん。ありがとう。」

お兄ちゃんは私の頭をくしゃくしゃと撫でて帰っていった。

武士の部屋に戻ると、布団の上に正座している武士の姿が目に入る。

「何してんの?布団に入って大人しくしてなよ。」

、さっきのもう一遍やって。今度はコッチに。」

さっきとは逆の方の頬を向けてくる。

「...大人しく寝てなって。

それに、さっきのはポンポンするもんじゃないってお兄ちゃんに言われたもん。」

「良介...余計なことを。」

武士は窓の外を睨みながら呟いていた。

「じゃあ、風邪が治ったら、そっちにもやってあげるから。」

「ホンマやな?絶対やで、。嘘吐いたらあかんからな!ワイはもう寝る。もう帰ってええで。

いや、やっぱり眠るまで此処におって?」

いそいそと布団に入りながら言う武士に苦笑を漏らして頷いた。

「...何なら、羊も数えようか?」

「ホンマか?嬉しいわ。」

嬉しいのか...。

私は、武士が眠るまで羊を数え続けた。




千堂は注射が嫌いそうだと思ったのです。
甘いんだか、そうでないんだか分からないものになってしまいました。
羊は好きな数だけ数えて下さい。
『Charm』は『おまじない』という意味から。


桜風
04.5.1


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