微笑ましくも賑やかな光景





都内にある川原ボクシングジム。

そこにはひとりの可憐な女の子がバイトに入っていた。

“可憐”というのは自称ではなく、他人の評価だ。ただし、口を開かなければ、という注意書きがつく。

彼女はとても働き者だが、少々言葉がガサツなところがある。会話をしていると男友達と話をしている気になるというのが多くの意見だが、慣れればそれも彼女のチャームポイントだ。


数日前、そのジムに選手が帰ってきた。

なにやら海外修行に出ていたらしいが、海外での成績は良かったと練習生たちが噂をしていた。

はバイトをしているだけで別にボクシングに興味はない。

ただ、時給が良かったからここで働いているのだ。

だから、このジムでバイトを3ヶ月以上しているにも拘らず、ボクシングに魅力を感じない。

さん」

トレーナーに名前を呼ばれて手を止めて駆け寄る。

「何でしょうか」

お遣いかな、と思ったがどうやらそうではないようだ。

「噂くらいは聞いているとは思うけど、こちらが宮田選手だ。海外に修行に出ていたんだけど、帰ってきたんだ」

「あ、はい。聞きました。どうも...バイトのです」

が小さくお辞儀すると宮田はチラリとを見て「どうも」と同じく返した。

「で、こちらがトレーナーの宮田さんと、木田さん。宮田選手のトレーナーだから一緒に海外に行っていたんだよ」

同じ苗字...親子か親戚か。とにかく関係者なんだろう。

そんな事を思って宮田父と木田に自己紹介をして「よろしくお願いします」と頭を下げた。

宮田は殆どしゃべらない人だった。

ひたすら黙々と練習を積んでいた。

ちょっとつまらない人間だな、ってのがの宮田に対する印象だった。



ある日、書類の整理を頼まれて分類分けをしていると件の宮田一郎の書類に目が留まった。

生年月日の欄を見て「あ!?」と声が出てしまう。

どこかで見た数字。

自分の丸1年前に宮田は生まれたらしい。

それだけで親近感が湧くのだから不思議なものだ。

書類の整理を済ませてジムに降りると丁度宮田が靴紐を結びなおしていた。

「あ、宮田さん」

年上には一応敬称をつける。

別につけなくても良いと言う人もいるから、そういう人は思い切って呼び捨てだ。

意外と呼び捨てしている人物はこのジムには多い。

名前を呼ばれて宮田は怪訝そうにを見上げる。

必要以上に彼女は自分に声をかけてこない。

だから、何か用事があるのだろう。

書類を出す必要があるのか。それとも、会長から何か言付かって来たのか。

「宮田さんって8月27日生まれだったんですね?」

「...は?」

何だそれは。全くの何気ない日常的な会話ではないか。用事なんてものではないだろう。

「だから、何?」

溜息交じりに宮田が問い返した。

『だから、何?』といわれても別にそれ以上でもそれ以下でもない。ただの短い会話の始まりではないか。

何だ、コイツ。思った以上に冷たくないか?

「や、別に特に何も...」

がそういうと「あ、そう」と言って紐を結び終わった宮田は立ち上がりそのままではない別の近くに居た人物にロードワークに出る旨を伝えてそのまま出て行った。

「何だ、あいつ...!」

最初は呆気にとられていたが、段々ムカついてきた。

2人の様子を見ていた宮田父はフォローをすべくに近づき、息子の無愛想振りを軽く謝っておいた。

人間関係というものは円滑である方がいいに決まっている。


それからの中では宮田はやな奴。でも、宮田父は良い人という位置づけがされた。

宮田父の手が空いていたら声を掛けることが多かったし、宮田にはムキになって話しかけるようになった。

いつも何を言っても軽くあしらわれる。

宮田との人生経験の差は丸々1年。その程度の差であんなに偉そうにされるなんて何だか納得出来ない。

どんなにあしらわれても鼻で笑われてもはめげずに宮田に突撃していた。

毎回、見事な玉砕っぷりで周囲は何だか和んでいた。その後の不機嫌なのお陰でその空気もすぐに消えてしまうが...



「すまないね、愛想のない子で」

今日も軽くあしらわれたが地団太を踏んでいると背後から少し躊躇ったように声を掛けられた。

「あ、宮田さん」

「でも、さんが一郎に話しかけてくれるから結構ジムに馴染めているようで、安心しているんだ。ありがとう」

そんなことを言われては首をかしげた。

宮田は自分よりも古株だろう?

「ほら、元々あれは愛想がないというか。それは、さんが良く知っていると思うけどね」

そう言って苦笑する宮田父に、愛想がないのは確かに全く否定する要素が見当たらないと全肯定で頷いた。

「実は、此処だけの話。いつかあの無愛想男に『ぎゃふん』って言わせるのが現在の目標なんですよ!」

鼻息荒くが言う。

父親の前でそれを宣言することが出来るのもの長所だろうな、と思いながら「まあ、その...頑張って」と返す言葉に困りながらも苦笑した。


「ぎゃふん、ぎゃふん。ぎゃっふん、ぎゃふーん」

の頬がヒクリと引きつった。

なおも後方で「ぎゃふん」と言うまったく心の篭っていない、寧ろ小ばかにしているとしか思えない単語が宮田の口から出ている。妙ちくりんなリズムが付いているところが更にの神経を逆撫でる。

「み〜や〜たぁ〜〜〜!!」

ブチンと何か聞こえた気がした周囲はすぐに避難して耳を塞ぐ。

名前を呼ばれた宮田は振り返ってフッと笑う。

「何だよ、希望通りになっただろう?」

「ふっざけんな!ぎゃふんの意味知ってんの!?」

「意味なんてあるのか」

「あーるに決まってんでしょ!?ああ、これだから一般常識を知らない無愛想男は...!」

は大仰に嘆き、天を仰いだ。

「ふーん。で、どんな意味だ?」

「参りました!って意味!!」

「へぇ...それは知らなかった」

そう言って宮田は練習に戻った。

はまたしても地団太を踏む。

その背中を眺めながら宮田父は苦笑した。

息子も本当に不器用だ、と。

彼はに話しかけられるのが結構嬉しいようだ。それは長年一緒にいる自分だから分かるのか。

いや、以外はきっと分かっている。だから、周囲の息子を見る目が温かいものに変わっていったんだろうと思う。

最初は遠巻きに敬遠されていた感があったが、今は青い春真っ只中といった感じを受ける。微笑ましいという表現がぴったり来る2人の遣り取りだ。

「しかし、口げんかのレベルが小学生ですね」

微笑ましい光景として目を細めて眺めていた木田が声をかけてきた。

「ええ、まあ。少しお恥ずかしいのですがね」

ちゃんも、本当に..ねえ」

彼女は宮田が反応を返すようになってからというもの、どんな反応でも少し嬉しそうにしている。

だが、それは決して宮田に悟られてはいけないと一生懸命隠そうとしている。隠しきれて居ないところが更に微笑ましい。

気づいていないのはやはり当の本人たちのみだろう。

「似たもの同士ですね」

木田の言葉に

「そうですね」

と宮田父は苦笑しながら返した。

この先も、当分こんな光景が繰り広げられるのだろうな...









20万打記念リクエストありがとうございました!




桜風
08.8.3


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