her past time
普通、女の子に『逞しくなった』なんて言うかな?
ま、一郎だし言うよね。
私は振り返り、洗濯機に向かっていく一郎の背中に向かって、
「逞しくなったのは一郎の方だよ。」
と呟いた。
両親が離婚したとき、私たちは幼稚園に通っていた。
鴨川ジムの近くだったから両親が離婚してからは2人で父さんのいるジムに帰っていた。
殆どの園児は、当然の事ながら迎えがあった。
その迎えに来た親同士、特に母親同士は井戸端会議の如く、噂話に花を咲かせていた。
そんな中、時々私たちはその噂話の中心になっていた。
「あら、あの子達のお母さんは?」
「宮田さんのところ、離婚されたそうよ。」
「まあ、可哀想に。無責任な親ね。」
何も知らないよその母親達はそんなことを言っていた。
母さんは最後まで優しかった。何も知らない人にそんなこと言われたくない。
子供には分からないと思っていたんだろうけど、生憎私たちはその会話が理解できていた。
そんなくだらない噂話を耳にする度に、一郎は辛そうな顔をして繋いだ手を強く握ってきた。
まるで私の存在を確かめるように。
一郎に強く手を握られる度に、
『私が一郎と一緒に居ないとダメだ。』
そう思って強く手を握り返していた。
だから、一郎がジムに入門すると言ったときに私も一緒に入門した。
練習はきつかったけど一郎と一緒だったし、お互いに負けたくなくて頑張った。
でも、それは長くは続かなかった。
色々と分別もつくようになって気が付いた。
―――私には父さんのボクシングが世界に通用することを証明する術がない。
学年が上がっていくにつれて男女の基礎体力の差を思い知った。
もう、一郎と同じ所に立っていることが出来ない、そう思った。
だから、中学に上がるときにジムも辞めた。
中学では陸上部に入った。
球技はどうも苦手だし、ボクシング以外の格闘技をするつもりもなかった。
でも、体を動かすのは好きだし、走るのには自信があったから陸上を選んだ。
いつの間にか、一郎は私が居なくても大丈夫になっていた。
今では私よりも背が高くて逞しく、そして、強くなっている。
それが少し寂しくて、私は一郎を弟扱いしてみる。
本当は私よりしっかりしていて、頼りになる男に成長したってわかっているけど、私は強がってみせている。
「痛っ。」
掃除機もかけ終わって夕飯の支度をしながら考えていたから見事に指を切った。
「どうしたんだよ。」
偶然台所まで来ていた一郎が私の手元を覗き込む。
「何やってんだよ。」
私の手をとって水で血を流し、傷を見る。
「あー、浅くて良かったな。ちょっと待ってろ、絆創膏取って来てやるよ。」
「一郎って強くなったよね。」
「そうか?まだまだだろ?」
私の指の治療をしてくれている一郎の手を見て思った。
私の手とは違う、繊細そうに見えるけどやっぱり少しゴツゴツしていて、凄く、頼りになりそうな手。
小さい頃から鍛えてきた拳。
今は、あの時のような不安は何一つ伝わってこない。
もう私は必要ないのかなって思うと寂しくなる。
だから、やっぱり強がってみせる。
「しっかりした弟がいるとお姉ちゃんは嬉しいよ。」
「俺が兄貴だ。」
いつもの会話に私は安堵した。
ヒロインの過去。まあ、宮田と共通なんですけどね、過去。
ヒロインが『お姉ちゃん』ぶる理由がここに。
女性のプロボクシングってあるらしいのですが、ヒロインが証明したいと思っている舞台ではないということで。
セリフの色が薄いところはヒロインたちの耳に届いているけどはっきり聞こえていません。
この先も色が薄くなるセリフがありますが、小声なのだろうと思ってください。
桜風
04.5.20
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