虹
「おい、小物共、ロードに行くぞ。」
「ちゃんはどうする?」
「...そうですね、ご一緒していいですか?足引っ張るようなら置いていってもらっても構いませんから。」
テスト期間に入って部活が休みになったので久し振りにジムで汗を流すことにした。
どうも体を動かさないと落ち着かない私はやっぱり体育系だな。
ジムに来たときは雨が降っていたけど今は雨も上がって日も射してきた。
「鷹村さーん、青木のやつが...」
と木村さんが言うので振り返ってみると、後方で青木さんがフラフラしていた。
「ちっ、情けねぇな。はちゃんとついてきてるって言うのによ。仕方ねぇ、ちょっと休憩入れてやる。」
土手の上で5人が固まっていると邪魔だから土手から降りた。
ふと空を見上げると、くっきりと虹が出ていた。
「一郎、虹。」
「...本当だな、は昔から虹が好きだったよな。」
そう、私は昔から虹が好きだった。時々現れる七色のアーチは見るだけでワクワクする。
そして、その虹が原因で私達は迷子になったことがあった。
両親が離婚してから私達は2人で幼稚園から鴨川ジムに帰っていた。
父さんは忙しかったし、他に迎えに来てくれる人がいなかったから仕方がない。
そんなある日、通り雨が去った後いつものように私達は一緒に帰っていた。
空を見上げると、虹が出ていた。
「一郎、虹が出てるよ。」
「本当だ、綺麗だね。」
「ねぇ、虹の根っこ見に行こう?」
建物で下の方が見えなくて私はそんなことを口にした。
幼稚園児の目の高さからだとほんの一部分しか見えないから余計に気になったんだと思う。
「でも、父さん達が心配するよ。」
「すぐ帰れるよ。」
反対する一郎の手を引いて虹の根っこを見に行く冒険に出た。
私達はずっと虹を見上げていた。どんなに歩いても虹には近づけず、遂にはその虹が消えてしまった。
「消えちゃったね、虹。」
「うん...」
周りを見ると私達は全然知らない所に立っていた。一郎も不安そうな顔をしていた。
「一郎...」
「だ、大丈夫だよ。こっちから来たんだから、こっちに歩いていけば幼稚園に帰れるよ。」
行きとは逆に一郎が私の手を引いて前を歩く。
しかし見慣れた風景は中々現れず、益々不安になった。
それでも歩き続けていたら、どこかの小学校の前に出た。
もう二度と家に帰れないと思ってしまった私は、遂には泣き出してしまった。
「お父さーん、お母さーん。」
私が泣き出してしまったので、一郎はつられないように必死に我慢していた。
「どうしたの?」
もう放課後になって随分経つのはずなのにランドセルを背負った男の子が私の頭を撫でながら声を掛けてきた。
幼稚園児にしてみればランドセルを背負っているというだけで凄く頼もしく思える。
「虹が消えてお家が分からなくなっちゃったの。」
と私が答えると、
「虹かぁ。」
とその男の子は呟いた。
一郎はその男の子の前に私を庇うように立った。
男の子は驚いたようだが、笑顔で一郎の頭も撫でる。しかし、一郎はその手を頭を振って払った。
「こいつ生意気だな。」
「気にするなよ。妹を守ってんだよ、たぶん。」
一緒にいた男の子を宥め、私達に笑顔を向ける。
「お兄ちゃんの家、この近くなんだよ。一緒においで?」
とその男の子は手招きしてくれたけど、残念ながら『知らない人に付いて行ってはいけない。』と
幼稚園でも家でも言われていた私達はその場に立ったまま動かなかった。
「知らない人に付いて行っちゃダメなの。」
私が言うと、男の子は苦笑して自分の名前を名乗った。
一緒にいたもう一人の男の子も名乗ったはずだが、残念ながら、今の私はその2人の名前を覚えていない。
「君達の名前は?」
「。」
「...一郎。」
「ちゃんと一郎君か。もう名前知ってるし、知らない人じゃないだろ?じゃあ、おいで?」
私達はあっさり納得してその男の子に手を引かれて付いて行った。
今考えると、あの男の子だったから良かったものの、悪意のある人だったら危なかった。
「ただいま。お母さん、この子達迷子みたいなんだけと。一郎君と、ちゃん。」
彼の家はお花屋さんだった。
「まあ、そうなのかい?2人ともお家はどこか分かる?」
私も一郎も首を左右に振った。
奥からおじさんが出てきて私達を覗き込んだ。
「ああ、ここの幼稚園なら知っているよ。車で送って行ってあげよう。」
私達が肩から掛けている黄色い鞄の幼稚園の名前を見て口を開いた。
「本当?!お父さん。」
「ああ、大丈夫だ。幼稚園まで送ったら家の人にも連絡が行くだろう。ちょっと待ってなさい、車を回してくるから。」
そう言っておじさんはまた奥の方に帰っていった。
「良かったね、ちゃん、一郎君。」
両手で私と一郎の頭を撫でながら男の子は言った。
おじさんが店の前に車を回してきた。
乗せてもらう時、男の子が、
「ちゃん、一郎君、これあげるよ。」
と言ってチューリップと飴をくれた。
「もう迷子になっちゃダメだよ。」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん。」
「...ありがとう。」
車が走り出した後も彼は店の前から手を振っていてくれた。
幼稚園まで送ってもらうと、案の定大騒ぎになっていた。
私と一郎は先生と父さんにこっぴどく叱られた。
特に一郎は『お兄ちゃんなのに』と言って念入りに怒られた。
私は慌てて事の次第を説明したが、一郎は言い訳もせずにただ謝るだけだった。
地学や物理を習った今では虹に根っこなんて物が存在しないと言うことは知っている。
あの頃は本当に夢があって純粋だったなと思う。
「虹と言えば。」
ロードを再開して走っていると、木村さんが声を出した。
「俺、ガキの頃虹を追いかけて迷子になった兄妹の面倒見たことあるな。
妹の方は結構素直でかわいかったんだけど、兄貴の方が妹庇ったりして、ちょっと生意気でさぁ。」
私と一郎は顔を見合わせた。
「木村さんの家ってお花屋さんですか?」
「ああ、花屋だけど、どうして知ってるの?」
「いえ...」
あのときの男の子は木村さんだ。
虹を追いかけて迷子になる兄妹なんてそうたくさんはいないだろう。
それに、実は木村さんをジムで初めて見たとき、どこかであったことがあるような感じがしていた。
―――あの時は、お世話になりました。
あの兄妹の名前を思い出さないことを願いつつ、心の中でお礼を言った。
実はこの2人、キム兄さんに会っていた!
しかも大変お世話になって...
キム兄さんの友達は勿論青木さんですが、あまり面倒を見てもらっていないので2人は忘れています。
桜風
04.6.12
ブラウザバックでお戻りください