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東日本新人王トーナメント準決勝も私は見に行った。
一郎がプロデビューしてからの試合は欠かさず見に行っている。
今までの試合、一郎は安心して見ていられる試合をしていた。
今日の相手は『フリッカージャブ』を使うという曲者。
それでも一郎はその対策も用意しているし、大丈夫だろうと思っていた。
でも、キャンバスに沈んだのは一郎だった。
私は目の前が真っ白になった。
観客が引いてから、私はヨロヨロと控え室に向かった。
ガシャン、と何かが壊れた音がした。
誰かと擦れ違ったけど私はただ控え室を目指した。
自動販売機の壊れた破片の上を歩き、ドアをノックした。
「父さん。」
声を掛けるとドアが開いた。
「。一郎の意識はしっかりしている。父さんは一郎を病院に連れて行くから、先に帰って休んでなさい。
お前は明日も学校があるんだろ?」
父さんの後ろには顔にタオルを掛けられて寝ている一郎の姿があった。
その姿を目にした私は息ができなくなる。
何とか声を絞り出し、
「わかった。」
と答えてそのまま控え室のドアを閉めて走った。
この感覚は覚えている。
父さんが負けたとき、引退のきっかけとなった試合の後のあの時も息ができなくなった。
怖かった。必死に気を紛らせながら走った。
私はそのまま走って家に帰ってすぐに寝た。
朝、いつもの時間に起きてジャージに着替える。
一郎の部屋を覗いたけど、やっぱり居なかった。
私はいつも通りにロードに出て、朝食を済ませ、学校へ行った。
そう、隣に一郎が居ないこと以外はいつもと何も変わらなかった。
昼休憩に私は屋上へ行った。
11月でもう寒いけど、人のいるところに居たくなかった。
「お?先客か。...じゃん。」
「...」
「どうしたの、独り?お兄ちゃんは?」
「病院。足の骨にひびが入って入院してるよ。」
「は、大丈夫?」
私は驚いてを見た。は苦笑している。
「あんた達兄妹は結構べったりだからね。だから、片方がいないと心許ないんじゃないかと思って。
話ぐらいなら聞いてあげれるよ?さらに、わたしの胸で泣くという特典つき。どう、お得でしょ?」
私はに抱きついて、泣いた。はずっと静かに抱き締めてくれた。
「そっか。お兄ちゃん負けちゃったか。」
「うん。」
「でもさ、勝ちっぱなしの男よりも負けたことのある男の方が深みが出ると思うよ、私は。
勿論そのまま腐るなんてのは論外だけどね?
宮田君は、また頑張るよ。もし、宮田君が立ち上がるのが大変そうだったら、が手伝ってあげなよ。」
「...そうだね、うん。ここで逃げたら一郎じゃないもんね。ありがとう、。
ごめんね?授業サボらせちゃって。」
「いや、いいよ。1回サボったからって受験失敗するものじゃないし。
ところでさ、は何であの大学を受けようと思ったの?」
「私ね、栄養士になりたいんだ。」
「栄養士?栄養士ってカロリー計算とかする、あの?何でまたそんな...」
「一郎ね、フェザー級なの。フェザーの上限って57.15キロなんだ。」
「は?宮田君そんなに体重落としてんの?」
「そう。だから、栄養を考えた食事のメニューを組めたら少しは楽になると思うんだ。まだボクシング続けるんだろうし。」
「なるほど。お兄ちゃんのために、ね。」
「違うよ。私のために、だよ。
私には叶えることの出来ない夢があるけど、それは一郎になら叶えられる。だから私はそれに便乗するんだ。」
「いいな、宮田君は。私もこんな妹が欲しかったぁ!」
そう言っては私の頭をギュウッて抱き締めた。
ちょっと、本気で痛いよ?!
手足をばたつかせてもは笑うだけで一向に手を緩めない。
チャイムが鳴った。
私達は校舎に入って階段を下りる。
「お兄ちゃんは栄養士のこと知ってんの?」
「ううん、内緒。父さんには、『一郎に言ったら絶交』って言っておいたし、担任にも口止めしておいたから。」
「娘の絶交宣言かぁ。お父さんにはキツイかもね。」
「そうみたい。『ぜ、絶対に言わないからな。』って言ってた。」
「じゃあ、今日はとっとと帰ってお兄ちゃんに喝入れなさい。」
「おうよ!」
6時間目は、一郎にどうやって喝を入れようか考えていたら、いつの間にか終わっていた。
家に帰らずにそのまま病院に直行した。
病室のドアをノックして、返事を待たずに入る。
何だか空気が湿っぽく感じる。一郎自身、凄く悔しかったんだと思う。そして、泣いたのかもしれない。
だからこそ、敢えて私は、
「とお!」
「ぐはっ。」
一郎にダイビングをかました。
「...。俺、一応入院する程度の怪我人なんだけど。」
一郎が抗議するけど、私はそのままの姿勢で、
「一郎、また頑張ろう!ここで腐るような男に育てた覚えはないよ?」
「...安心しろよ。ちゃんと怪我を治して復帰してみせるさ。
それよりも、誰が誰に育てられたって?」
「一郎が、私に。」
「何で同じ年の、しかも妹に育てられなきゃいけないんだよ。」
「企業秘密です。」
布団から顔を出した一郎と目が合った。
一郎は強く、そして、優しく微笑んだ。
もう大丈夫。一郎はまた前へ進む。
そう思ったら安心して、嬉しくて、涙が零れた。
「お、おい、?!...ったく、しょうがないな。」
一郎は苦笑して起き上がり、自分の肩に私の頭を引き寄せて泣き止むまでずっと髪を撫でてくれた。
「手のかかる妹だな。」
一郎は優しい声で呟いた。
宮田といえば、この話。
私は外せません。
しかし、宮田父。
娘にトラウマ作ってしまっていたようです。
桜風
04.6.18
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