long interval




先日、ボクシング雑誌で一郎の試合の結果を知った。

順風満帆とはいかないみたいだ。

それでも、一郎は黙々と頑張っているに違いない。

私も頑張らないと。


大学に入ってから毎日レポートやバイトで忙しかった。それでも、朝のロードは欠かさずに続けていた。

夏休みに入って家庭教師のアルバイトを1日だけ友達に頼まれて代わりにやる事になった。

聞くと彼女は、親戚の葬式が入ってしまったらしい。

教えられた住所と地図を頼りにその家を目指す。

小学生の問題なんて、それこそ小学生以来で教えるなんて少し自信が無いけど何とかなるだろう、そう思った。

結構分かりやすかったその家に着き、インターホンを鳴らす。

『はい。』

「家庭教師の代理を頼まれました、宮田と申します。」

『宮田...さん?はい、話は伺っていますよ、少しお待ちくださいね。』

母親なのか、その人の声は妙に懐かしく感じた。

ガチャリとドアが開いて出てきたその人を見て、私は絶句した。

...」

「母..さん...」

懐かしいと思った声の主は、何年も会っていない母さんだった。

「一郎の足は、もう大丈夫なの?」

驚いた。母さんは、一郎の試合を見ているのかもしれない。

「うん、今海外で頑張ってる。」

「海外?じゃあ、あなたを独り残して、2人はボクシングのために...。何でそんな...」

「違うよ、私は残されたんじゃない、残ったの。2人とも一緒に行かないかって言ってくれたけど、私にも頑張りたいことがあったから。」

「そう。陸上は続けているの?あなたインターハイでテレビに出ていたでしょう?」

「走ってはいるけど、陸上はやめたよ。高校まで。」

「ママ、誰?あ、先生のお友達の先生ですか?」

先生...。きっとここに通っている私の友達のことだ。

「こんにちは、宮田です。今日一日だけど、よろしくね?」

体を屈めて彼女の目の高さに合わせて話した。


「―――そう。そこで、この式を使ってごらん?」

「...あ、そうか。これが、こうなって...。できた!」

「はい、よく出来ました。」

コンコンとノックの音がして、ドアが開く。

「少し休憩してください。甘い物はお好きですか?」

母さんがアイスティを作って持ってきてくれた。

ドアの隙間から男の子が顔を覗かせている。

「こんにちは。」

とりあえず、私は声を掛けた。

その子はおずおずと部屋に入ってきた。

「何入って来てんのよ!」

「こら、喧嘩しないの。今休憩中だからいいでしょ。」

母さんが窘めている。

こういう雰囲気は何だか懐かしい。

「弟くん?」

私が聞いてみると、彼女は顔を顰めて、

「そう。すっごい生意気なんだよ。」

と言った。

その様子に私は苦笑をしてしまった。

「じゃあ、私も兄に同じ事言われているかもしれないな。」

先生、お兄ちゃん居るの?いいな、私お兄ちゃんが欲しかったよ。」

「...居るけど、双子だから同じ年だよ。意地っ張りで融通が利かなくて、まっすぐな人。あ、あと、不器用。」

「ふうん。先生はお兄ちゃんが好きなんだね。」

「え!?」

彼女がそんなことを言うので私は絶句してしまった。

それに続いて母さんも

「そうね、凄く優しい目をして話されていましたよ。仲良くされているんですね。

そうそう、お夕飯はウチで食べてくださいね?」 

と言うので、私はどうしていいか分からずにいた。

「いつも先生も食べているんだよ。だから先生も食べて帰ってよ。」

彼女に言われ、家に帰って自分で作るのが面倒くさかったこともあって、

「...それじゃあ、遠慮なく。」

と返事をした。


休憩も終わり、再び夕飯までの時間勉強をした。

夕飯が出来たと呼ばれたので、部屋を移動する。

食卓には子供たちの父親、つまり、今の母さんの旦那さんも居た。

まあ、当然に居るはずなのだがやっぱり心の準備が出来ていなかった私は少し動揺してしまった。

食卓の上の物を見て私は驚いた。

私が大好きだった母さんの手作りコロッケと、一郎の人参嫌いを克服させるためによく母さんが作っていたキャロットスープがある。

母さんは、まだ、私たちの好物を覚えていたのかもしれない。

「さあ、どうぞ召し上がってください。」

一家団欒の食事が始まった。

両親が揃っている食卓なんてもう殆ど記憶になく、他人である私には少し居心地が悪かった。


先生、また来てね。」

「...どうかな。先生の都合が悪くなったらね。」

「遊びにいらして下さってもいいのですよ?」

「いえ...。それでは、これで。次回から、またいつもの彼女が来ますので。失礼します。」


このままここに居たら、私の弱い部分が出てきそうで怖かった。

挨拶もそこそこに私は背を向けて歩き出した。

さん!」

少し歩いたところで後ろから母さんに名前を呼ばれた。

無視するわけにもいかずに恐る恐る振り返った。

「元気でね。」

「...お母さんもお体に気をつけて。」

私はそのまま走って駅に向かった。



なんとも自分でコメントしにくいものを書いてしまった。
ヒロインもお母さんもお互いビックリだったでしょうね。


桜風
04.9.23


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