ピンク色をあなたに





「一郎!」

そう言って腕がもげるのではないかと思うくらいブンブンと手招きをしているのは

たぶん、手招き...

取り敢えず、の腕が抜けるのは流石にマズイだろうと思い、ゆったりとそこへと向かう。

「ねえ、これも似合うよ!」

そう言って俺にあてたシャツの色は言うまでもなく、ピンク...

「なあ、

「うわ、やっぱり似合う!!」

そう言って嬉しそうに笑う。

「あのな、。俺の好きな色はピンクじゃないんだぜ?」

「知ってる。でも似合うんだって!!」

ずい、と迫ってくるものだから思わず言葉をなくす。

「第一、一郎ピンクあんまり持ってないでしょ?」

だから、好きな色じゃないから手に取るなんて事がないんだよ!

「新境地開拓しないと!」

「あのさ、試合の...」

「ああ、そうよね。着慣れてるから恥ずかしくないよ!」

もういい...


日本に帰ってきて買い物に付き合ってやると話をして、それで俺の凱旋試合が終わったからやっとそれが実現したんだけど。

確かに、わがままを聞いてやっても良いかなとも思ったけど。

まさかこんなにピンク三昧にされるとは...

しかも、今俺にあてたシャツを離さないってことは購入決定という事で。あんなのいつ着るんだろう...?

「あ、ねえ。一郎、ちょっとこれ見てよ!」

服の袖を引くの方をわざと見ずに

「もうピンクは買わねぇぞ」

と次の言葉を予想して先にそう言うと

「大丈夫、ピンクじゃないから。このTシャツカッコイイよ。衝撃桃色!」

「ショッキングピンクの事だろうが!!」

思わず突っ込んでしまった自分が少しだけアホだと思ってしまった。

流せば、あるいはは諦めたかもしれないのに。

「じゃあ、レジに行ってくる」

「いいよ、俺のだから俺が出す」

諦めた。もうのピンクに関しては諦めるって事を学んだ。

「いえいえ。先日の凱旋試合であっけなく勝利を手にした私の可愛い弟への、ごめん、『可愛い』ってフレーズが自分言ってて寒気を感じた」

「同じく」

「えーと。勝利を手にした弟へのプレゼントですよ。受けとってよ」

「俺が兄貴だ」

久しぶりに言った気がするいつもの文句を返すと楽しそうには笑い、そのままレジへと向かって行った。

仕方ないから店の外に出てを待つことにした。

休日の今日は親子連れで買い物に来ている人も少なくなく、本当に人が多いと思う。

ふと目に入った姉弟がいた。

親はすぐ側にいない。

まあ、姉貴の方が小さくないからもしかしたら2人で来ているのかもしれないな。


「お待たせー!」

がピンクのシャツと曰く『衝撃桃色』のTシャツが入っている袋を上機嫌に振りながら出てきた。

それを受けとっていると

「あれ、先生!!」

そう声が聞こえたのはさっき俺が見ていた姉弟がいた方で、の肩がビクンと一瞬震えた。

「あー、やっぱりだ。お久しぶりです、先生」

人懐っこい笑顔を向けて姉貴の方が駆け寄ってきた。弟の方は慌てて姉貴の後を追って走ってくる。

「そう、だね。1年くらいぶりだよね?」

が動揺しながらそう答える。

この子と話をしているのに、何処か別の誰かを探している。

ああ、思い出した。

俺が海外に行っている時に一度、家庭教師のバイトの代打をしたとか。そのときの家に母さんがいた。

つまりは、そういうことか。

「あ、この人が先生と仲の良いお兄ちゃんですか?双子って言ってましたけど、本当にそっくりですね」

さて、ここは適当に話を切り上げてを避難させた方が良いんだろうな。

「こんにちは。君の話はから聞いたよ。けど。えっと、ごめんな。、今ちょっと調子が良くないみたいだから帰ろうって話してたんだ。買い物も済ませたし」

そう言って持っている衝撃桃色Tシャツが入っている袋を軽く上げて見せた。

「え、先生気分が悪いの?休んだほうが...」

「あら?さん??」

この子たちの母親らしき人が声を掛けてきた。

ああ、確かに。聞き覚えがあるな。

多少の懐かしさを覚えたけど、は俺のシャツの裾をきつく握ってきていて、

早く退散するか...

と思って「じゃあ、」と母さんに気付かないフリをしてエスカレーターに向かおうとすると

「あの!」

と肩に手を置かれた。

思いっきり溜息を吐きたいとか思う俺は冷たいんだろうな、と思いつつ

「はい?」

と振り返ってみた。

ああ、本当に母さんだ。年を取ったな...

「あ、いえ。さんの、お兄さん、ですよね?」

「ええ。去年妹がお世話になったと伺いました。ありがとうございます。申し訳ありませんが、俺たちはもう帰りますので」

そう言ってを促すと

「あの、もしよろしければ。お茶でも」

ああ、俺。今本当に不機嫌な顔をしているんじゃないか?

何でそんなに俺たちに構いたがるんだ?他人の、俺たちに。

「ねえ、さん」

必死だな。

「すみませんが、今、妹の気分が良くないのでもう帰ろうと話していたところなんです。折角誘ってくださったのに、すみません」

そう言ってを促すとパッとが離れて駆けていく。

母さんの子供たちも何故か慌てての後を追った。

が駆け込んだのは、テナントのひとつ。花屋だ。

ああ、そうか。

そう納得して、母さんを見る。

「一郎」

「何?」

「この間の試合、見たわ」

「...それはどうも。良い子達みたいだね。礼儀正しくて」

あの姉弟たちを見遣る。

「けど、俺たちのことは知らないんだろう?」

そう聞くと母さんの肩が震えた。

「だから、あんまり話しかけない方が良いんじゃないか?はどう思ってるか知らないけど、俺としては、ちょっと面倒は避けたいし」

我ながら冷たい声だと感心してしまう。

「ごめんなさい、貴方たちには凄く寂しい思いをさせたわよね」

「別に、今更なことだし」

母さんは俯いている。

「けど、ひとつだけ。母さんに会うことがあったら言っておきたい事があったよ」

ゆっくり、母さんが顔を上げる。

「母さんと最後に交わした約束。俺、ちゃんと守ってるつもりだから」

「最後の、約束?」と小さく母さんが呟いた。

ああ、もう忘れてるか。


ドン、と背中に衝撃がある。

それはでまた走って戻ってきたんだろう。

の手にはピンク色のカーネーションの花束が握られていた。

ピンクはの好きな色だ。

「あの、これ」

そう言って俺の背に隠れたまま差し出す。

母さんは困惑気味に俺を見上げた。

「もらってやってください」

この間は母の日だった。

幼稚園の頃から何かと押し付けがましく母の日の行事をさせられていた。

俺たちは当然自分が描いた似顔絵を贈る相手はいない。そもそも家を出て行ってそれからずっと会わない母さんを描いて良いのだろうかと悩んだものだ。

物心がついてからは一度もそんな機会はなかった。

だから、これが最初で最後。

「ありがとう、さん」

「行くか?」

体を捻ってに聞くとこくりと頷く。

「じゃあ、失礼します」

そう言っての手を引いてエスカレーターに向かった。


「初めてだったな」

「うん。ねえ、一郎」

「ん?」

「ありがとう」

「ああ」

珍しく素直なが何だか可愛いと思ってしまった。




ちょっとシリアス(?)に母の日です。
一郎さんは『お母さん』という存在に対して憧れとか持っていないけど、
ヒロインはそれがうまく割り切れていないというか。
でも、だから一郎さんは妹が可愛いとか思うんですよ。


桜風
07.5.19


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