会長と話した事をに話をして私と一緒に行かないといけないというコトから、私の部活が休養日のときに遊びに行く事になった。
ジムのドアを開けた途端、の眉間に皺が寄る。ワセリンの独特な匂いに慣れていないには少しキツかったのかもしれない。
「大丈夫?」
「うん。てか、これは何の匂い?」
「ワセリンと、..汗?」
ああ、とは頷きながらジムの中を見渡す。
ジムに来ている中で私のことを知ってる人は多いけど、皆はその隣のという未知の存在に結構注目している。
「お兄ちゃんは?」
「バイトしてからだから、私らの方が早いよ」
「じゃあ、えーと。木村さんとかは?」
少しでも知っている人がいたほうが安心するのか聞いてくる。
「たぶん、そろそろ来るんじゃない?」
タイミングよく木村さんと青木さんが仲良くジムにやってきた。
「あれ、ちゃんとちゃん」
「こんにちは」
「珍しいな。今日は一体どうしたんだよ。部活は?」
「休養日です。月1回あるんですよ」
そう答えると2人は納得したようでロッカールームへと向かって行った。
ジムの奥にあるベンチに腰掛けてと一緒にみんなの練習風景を眺める。
懐かしい。
時々練習に来て私もあんな事やこんなことしていたけど、ただ見学をするのなんてボクシングを始めるまでの数年だけだ。
母さんが家に居たときは、あまり見学には来なかった。
「ここがさ」と思わず声に出る。
「ん?」
「ここが、私と一郎の原点だわ。思い出した」
詳しくは言わなかったのには静かに「そっか」と呟く。
ジムの中に広がる独特な匂いにも慣れたようでは落ち着いて辺りを見渡し始めた。
ゆっくりカメラを構えて1枚撮る。
「人も撮ってみるの?」
思わず聞くと
「ま、リハビリかな?正直、たぶんスランプなんだ」
そう言ってまたジムの中をパシャリと撮る。
シャッターを切る音が響き、練習生たちは少しずつこっちを意識し始めた。
つまりは、動きが硬くなってきている。
練習の邪魔にならないのかな?と心配するものの、一応、会長からの許可は貰っているし、と自分に言い訳をしながらの隣に座って過ごした。
着替え終わった木村さんたちが写真を撮っているを見てニヤリと笑う。
「な、ちゃん。俺撮ってよ」
「いいですよ」
意外なことには快諾した。今、スランプだと言っていたし、今回のコンクールは諦めて趣味の範囲内の撮影にすることにしたのだろうか?
練習生たちも興味を持ち始めて撮ってくれと声を掛けてくる。
「どうしたんだ、宮原」
不意に声が聞こえて見上げると一郎が居た。
「あ、お疲れ」
「ああ。宮原、何でジムにいるんだ?」
私の隣に腰掛けてバンテージを巻きながら一郎が聞く。
今までの経緯を話すと「ふーん」とあまり感心なさそうに相槌を打つ。
「宮原でもそういうのあるんだな」
ポツリと呟いた一郎の声は少し驚きを含んでいた。
「うん、そうみたい」
「俺、ロード行ってくる」
そう言って一郎は立ち上がり、適当にジムの中にいる人達に声を掛けてジムから出て行った。
は何度もフィルムを替えてシャッターを切る。スランプだと本人は言っていたけど、シャッターを切っているの表情はとても楽しそうだ。
どうやらはこのジムに馴染んだようで、私は席を外した。
いつもジムで練習するときと同様に応接室で服を着替えてジムに戻ってみると鷹村さんがいた。
「こんにちは」
と声を掛けると
「おう。何だ、。体も動かすのか?」
「折角ですから」
そう答えると鷹村さんは楽しそうに笑って
「ま、精々頑張りたまえよ」
と言ってサンドバッグに向かって行った。
大きな音がしては驚いたように振り返る。
「大丈夫?」
「うん。ビックリした...」
これくらいおなかに響く音は中々耳にすることは出来ない。勿論、日常生活でも聞く事はないと思う。
はレンズを鷹村さんへと向けた。
取り敢えず、会長がの側に居るようにって言ったのは危険がないように、というコトだろうからと私も柔軟をして少し体を動かさせてもらう事にした。
一応、の見える場所で縄跳びを続ける。
「何やってんの?」
が私にレンズを向ける。
「早いね。何回跳べるの?」
レンズを向けたままはそう聞く。
「跳んでるって感覚じゃないんだけどな。ついでに、私はこれを数えるの苦手」
そう言うとは笑ってシャッターを切る。
パンチングボールを打つときもは着いてきて色々聞いてきた。
一郎が戻ってきたら一郎にも声を掛けながらシャッターを切る。
そんなの行動は一郎の練習が終わるまで続いた。
それから2ヶ月くらいして、が学校に雑誌を持ってきた。
「何、これ?」
「いやはや。ちょー自画自賛!」
そう言って付箋が貼ってあるそれを置いて何処かへ消えていった。
つまりは見るように、というコトだろう。
付箋の貼ってあるページを捲って思わず絶句してしまった。
グランプリを受賞した写真のタイトルが『The Origin』。つまりは『原点』。勿論、撮影者の名前は『宮原』。
そして、彼女が写した写真の風景は間違いなく私と一郎が育ったあのジムのあのベンチから眺めていたジムの風景だった。
何だか、無性に泣きたくなる風景。そして、その写真の中に、私が夢を託した人物の背中が写っていた。
驚いた。彼の背中はこんなに逞しく見えるんだ。
肉眼では気付かないそんなものが写真の中には存在するようで。改めてがレンズ越しに見ている世界の違いに気付く。
後日、父さんから聞いた。
はあの2、3日後にジムに行って会長に写真を見せに行っていたらしい。
今回コンクールに出品する写真を会長は甚く気に入ったけど、それはコンクールに出すと著作権等の問題で提供できないという。
それを聞いて納得した会長はまた別の写真の提供を頼んだそうだ。
そして、それは今後の鴨川ジムのパンフレットに使われるらしい。
つくづく思う。やっぱりってば凄いや...
最初は何かもっと、こう...
宮原嬢が一郎さんをからかいながらカメラを向けるってイメージだったんですけどね。
いつの間にかこんな空気の作品へと変貌していきました。
桜風
07.8.18
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