米の炊き上がる匂いのし始めた頃、
「臼と杵って何処に仕舞ってるの?」
じいさんに声を掛ける。
「ああ、納屋だな。一緒に運ぼう」
そういわれてじいさんについて敷地の端にある納屋についた。
重い扉を開けて中に入るとガラクタと称するのがぴったりなあれやこれやが入っている。
「捨てないの?」
じいさんに聞くと
「ばあさんがな、捨てたがらないんだ。どれもこれも思い出深いって。まあ、一応全部仕舞えているから儂も何も言わないけどな」
と苦笑いを浮かべた。
「ホレ、これを覚えとるか?」
そう言って示されたのは子供用の簡易プール。
「あ...」
殆どこの家に来ないのにばあさんが買ってくれていた。母さんが家を出て行ってから俺ともボクシングを始めてこの家に遊びに来る回数も減ったのに。それでも、ばあさんは夏は必ずこれを出して待ってくれていた。アイスやスイカも必ずこの家にあった。
「覚えてるよ。1回突然空気が抜けて水が全部零れたよね」
「それでが拗ねて。大変だったな」
じいさんも顔の皺を深く彫って笑う。
「ああ、臼と杵だったな」
そう言ってじいさんが色々と物を動かして奥の方にある臼と杵を発掘した。
「じゃあ、運ぼう」
じいさんの腰が心配で断ろうと思ったけど、臼は思ったよりも重くて俺一人だと少し体を痛めるかもしれない。
仕方なく、じいさんとゆっくりと臼を運び出した。
「一郎も、これを運べるようになったか」
感慨深そうにじいさんが言う。
「まあ、一応。大人になったよ」
何だかこの表現も変だと思いつつ、成人したから大人になったって表現でもおかしくないと思う。
「一郎。チャンピオンになったらベルト見せてくれよ」
ぽそりとじいさんが言う。
「いいよ」
そんな簡単に手に出来るものではないそれだけど、軽く返事をした。
「孫の獲ったチャンピオンベルトなんざ、冥土の土産に丁度良い」
じいさんの言葉が耳に届いて、少しだけ驚いた。まだまだ長生きしそうなのに。だから、
「じゃあ、ダメ。もっと長生きしてもらわないと」
俺が言うとじいさんは目を見開いて、そして照れくさそうに笑う。
「そうか。そうだな。の花嫁姿も見んといかんしな」
...の、花嫁姿?!
「俺のチャンピオンベルト見るよりも難しいかもしれないよ」
言ってみるとじいさんは笑う。
「そうか。も大変だな」
何で大変なのがなのか分からないけど、取り敢えず流すことにした。
縁側正面の庭に臼を置いて杵も持ってきてこっちは準備万端。
少ししてばあさんが水を張った桶を持ってきて準備を始める。
台所から炊き立てのもち米を持ってきたがやってきた。
臼の中に米を入れて俺を見上げる。
「え、いきなりか?俺、餅をついたことなんてないんだぜ?」
「ないよねぇ...」
そんな会話をしているとじいさんとばあさんが笑う。
「どれ、最初にお手本を見せてあげよう」
祖父さんが徐にシャツを脱いで上半身裸になる。
「これも餅つきの手順のひとつかな?」
がポソリと聞いてきた。
「明らかに違うだろ...」
呆れつながらそう返事してじいさんたちの様子を見守った。
さすが、何十年も連れ添った夫婦なだけに息もぴったりでもち米が餅に変わっていく。
「凄い、おじいちゃん...」
が呆然と呟く。
「どうだ?出来そうか?」
じいさんが手を止めて聞いてきた。
「やってみる」
頭にタオルを巻いてじいさんから杵を受け取った。
もばあさんと交代する。
「先に言っておくよ。私の手が潰れたら治るまでご飯無しだからね」
「努力する」
そう返して杵を下ろした。
意外と難しい。
「ちょっと、一定のリズムで!!」
下から声を掛けられるけどバランスが取りにくく、中々リズムが定まらない。
それでも何回か杵を下ろしていくと同じリズムで体が動き始める。
「あは!楽しい!!」
なぜかもケタケタ笑いながら下でもち米をこねている。
「おー、すげぇ。双子ってこんなときも便利だな」
突然聞きなれた声がして思わず手を止める。
「宮田妹。きな粉買って来たぞ」
そう言って近くの商店で購入してきたらしいきな粉を掲げる。
「すみません。ありがとうございます」
「何で清村先輩...」
「宮田妹がな。おはぎ食べたかったらきな粉買って此処に来いって。寺に居ても姉貴にこき使われるのが目に見えてたし。後輩のパシリくらいしてやろうかなって。報酬付きだしな」
そう言って臼を指差す。
なるほど...
「続けるよー」
に声を掛けられて「O.K.」と返事をする。
先ほどの要領で餅をつき、ばあさんに合格を貰って急いでとばあさんとなぜか清村先輩が餅を食べやすい大きさに丸めていった。
途中でが席を外して持ってきたのはきな粉と餡。
見る見るうちに大量のおはぎが出来上がっていった。
「一郎、これ仏壇に供えてきて」
とが言い、言われるままに仏壇に供えて手を合わせる。
戻ったときには全てのもちがおはぎになっていた。
「ちょっとご近所に配ってくるね」
とばあさんが一緒に家を出て行った。
俺と清村先輩は縁側に座っておはぎを口にする。じいさんは疲れたのか家の中に引っ込んだ。
「お前、餡嫌いなの?」
「だから、昨日も言ったようにカロリーが高いんですよ。砂糖の塊じゃないですか」
「きな粉は良いのか?」
清村先輩の疑問に俺は「食べたら分かります」と返した。
の作ったきな粉は凄く砂糖を控えめで少し塩気の効いたなものになっている。
「美味いな」
「そうですね」
「な、お前の妹、嫁に貰って良い?こんな美味いおはぎ作れるんだから料理上手なんだろう?」
突然先輩がそんなことを言うから驚いて思わず咽た。
先輩の顔を見ると悪戯が成功したといった感じに笑うから少しムカついて
「俺を倒せたらね」
と返しておいた。
先輩は益々楽しそうに笑う。
「つか。お前脱いだらスゴイのな」
まじまじと先輩が俺を見る。
先ほどの労働のお陰で汗をかいた俺は思わずTシャツを脱いで上半身裸の状態だ。じいさんのまねをして最初から脱いでても良かったかもと少しだけ思った。
「俺の試合、見たんじゃないんですか?」
「こんな間近で見ることないだろう?すげぇ、腹筋がこんなに割れてるやつ見たの初めて。しかも、胸筋もこんなに...」
まじまじと見られると逆に居心地が悪く、おもわず脱ぎ捨ててたTシャツを着た。
「あ、ケチ」
「ケチ、じゃないですよ。気持ち悪いじゃないですか、間近であんなに見られて」
「可愛くねぇなー」
「男が可愛いって言われても嬉しくないですよ」
そんな会話をしているとが戻ってくる。
そして、清村先輩と最近の日本の陸上について語り始めた。
夕方、と呼ぶに相応しい時間になって俺たちは駅で電車を待つ。
なぜか清村先輩までやって来る。
「まあ、また東京でな。飯、食いにいこうぜ」
にそう言って俺に向かってニヤリと笑う。
この人は何処まで本気なんだか...
帰りの電車に揺られているとの体もゆらゆらと船を漕いでいた。
「、頭載せて良いから」
と声を掛けながらその頭を俺の肩に引き寄せる。
「ん...」
既に夢の中に居るのかの返事ともつかない声が漏れる。
人の体温と言うのは不思議なもので、俺も段々瞼が重くなってきた。
「一郎!!」
ペシペシと肩を叩かれて目を開けるとが慌てている。
「どうした...?」
「乗り換え!!」
言われて慌てて電車を飛び降りた。
『電車を駆け下りるのは危険ですからおやめください』
と俺たちに言ったとしか思えないアナウンスをされる。
「てか、寝ても良いって言うなら自分は寝たらダメじゃない!」
「仕方ないだろう、眠かったんだから」
そんな口げんかをしながら乗り換えのホームへと向かった。
一瞬で終わるそのシーンを書きたくてなぜか4話も使ったこの話。
不思議ですね。
さらっと読み流すシーンですよ。
えーと、おばあちゃんの家はこれにて終了です。
これで、清村先輩も今後出せるぞーーー!!(笑)
桜風
07.12.15
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