Fighting!―後編―





目を開けると知らない天井が見えた。

覚醒していない頭を掻きながら起き上がる。

「お、起きたか?」

不意に声を掛けられてそちらに視線を向ければジャージに着替えた木村が立っていた。

「ああ、そうやった...」

結局昨日は大阪に帰り損ねて木村の家に泊めてもらったのだ。

「お前、いつ帰るんだ?」

「あー...まだ決めてませんわ」

ガシガシと頭を掻きながら布団から出る。

「ロードですか?」

「んー、まあ。お前も行くか?」

木村に誘われて千堂は頷いた。木村はクローゼットからジャージを出して千堂に渡す。

それに着替えて家を出た。


「そういえば、木村さん」

「んー、どうした?」

とりあえず体をほぐす程度のスピードで走る。

「昨日の、宮田の..妹って」

ちゃんか?」

そんな名前だったと思う。千堂は頷いた。

「彼女がどうした?」

「鷹村さんが、ボクサーとか言ってはったと思うんですけど」

「中学上がる前まで鴨川に居たんだよ。俺も物凄く昔にスパーしたことあるけど、スピードあるし。凄く上手かったなー」

自分が負けたなんてことまでは言わない。

「何で辞めたんですか?女子もボクシング出来ますよね?」

「まー、ちゃんの目指す世界じゃなかったんだろうな」

直接話を聞いたわけではないが、あの2人を見ていたら何を目指してボクシングをしているかは大体想像がつく。

千堂も何かを感じ取ったのか、それ以上は聞かなかった。

その後の2人は淡々と木村の朝のメニューをこなしていった。



夕方になり、千堂を引き連れて鴨川ジムに向かう。

千堂は端からそのつもりだったようで、何も言わずについてきた。

暫く一緒に練習をしていたが、流石に今日は帰らないといけない。何より、大阪のなにわ拳闘会の柳岡から電話が入っていた。

世話をかけて申し訳ないが、今日中に千堂に大阪に帰るように伝えてくれ、と。

それを聞いて千堂は物凄く嫌そうな顔をした。

お説教が待っている。しかも、長めの。

「駅まで送ってやろうか?」

木村が言うが

「いや、道はもう分かりますので。ほんま、お世話になりました」

と返して駅までの道のり歩く。


駅前についてある人物の背中を見つけた。

思わず反射で追いかける。腕を掴むと拳が迫ってきてそれは目の前で寸止めされた。

「...なんだ、千堂か」

彼女はそう呟いた。昨日初めて会った宮田の双子の妹、だ。

「あ、えー...危ないやん」

「知るか。というか、無言で女の子の腕を掴む奴が悪い」

はそう言って千堂が掴んでいる自分の腕を振りほどいた。

「何してんの?大阪にまだ帰ってなかったんだ?」

「あ、まあ。昨日は帰りそびれてもうて木村さんのところに泊めてもろうたんや」

「さすがに、今日は帰らないとジムでトレーナーさんが角出してんじゃないの?」

全くその通りだ。千堂は項垂れる。

「で、何で私の腕を掴んだの?」

が問う。『何故』といわれて千堂は言葉に詰まった。の背中が見えたから思わず駆けてそのまま腕を掴んだ。それだけだ。別に何か用事があったわけでもない。

が、

「ちょっと、茶ぁしてかんか?」

という言葉が出た。

「ナンパ?...まあ、良いわ。千堂の奢りね」

はそう言ってさっさと歩き出す。

この辺は全く詳しくない千堂はそのまま大人しく彼女の後を歩いて続いた。



駅からそう離れていない場所にこぢんまりとした喫茶店があった。

「夜はバーになってんだよ」とは言いながら店のドアを開ける。

注文を済ませては「で?」と話を促す。

そういえば、自分がお茶に誘ったんだと千堂は思い出した。

でも、本当に別にこれと言って特別に用事があるわけではない。

「自分も、ボクシングしてたんやな」

「...してなくて昨日のカウンターのタイミングはまず無理だと思う」

はそっけなく言った。確かに、あのカウンターを貰ってたらかなりのダメージだっただろうと思う。

「何でやめたんや?」

は少し視線を彷徨わせた。

「続けられなくなったからよ」

「女子にもボクシング、あるやろ?」

「千堂には関係ないでしょ」

は冷たくそう言った。もうこのことは聞くな、と。

「自分以外のもんに夢を押し付けて、何かええことあるんか?」

「煩いな!」

は椅子を蹴って立ち上がった。

流石にそこまで怒ることかと驚いた千堂は呆然と彼女を見上げた。

「分かってるよ、それくらい」

はそう言って店を飛び出した。

残された千堂は苦い顔をして椅子の背もたれに体重をかけた。

彼女が何を思ってボクシングをやめたか、今日鴨川ジムに行ったときに少し話を聞いたから何となく分かった。

だから、聞いてみた。

「まあ、確かに。言いすぎ..やな」

泣きそうな表情を浮かべたの顔を思い出して胸が痛んだ。




何となく、ヒロインにああいう指摘を千堂にさせたかったと言うお話。
次回の更新では、何事も無かったかのような態度でヒロインは生活をしているかもしれませんが、
そこは突っ込まないでくださいね。

ただ、まあ。
ヒロインにああいう指摘ができる人物ってのが鴨川周辺に居なかったので新鮮と言えば新鮮ですよね。


桜風
08.3.15


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