彼女の逆鱗に触れちゃった ―前編―





金曜日の夜にちゃんから「明日会いましょう」という一方的な電話を受けて結局指定された場所に向かった。

土曜日って一般的には休日だもんな...

地元で会ってたらちゃんに見つかるかもしれないって言われて2駅隣の町まで向かった。


「木村さん!」

先に待ち合わせ場所に来ていたちゃんが手を振った。

「ああ、ごめん。少し遅れた」

「レディを待たせるなんてルール違反です。おごってください」

「...はいはい」

何か、本当に誰かさんを髣髴とさせる性格だ。


駅前のカフェに入って腰を落ち着ける。

「で?」

「『で?』って?」

聞き返すと

「もう!分かってるんでしょう?の話。具体的にどんなものを目撃されたんですか?」

「ああ...」

やっぱりその話だよな?

俺が目撃した短いそのときの様子を話す。

「んー、微妙」

「まあ。冷静になって考えたら確かにな。でも、鷹村さんも見たって。同じ奴かは知らないけど」

「ふーん」とちゃんは呟いて注文した特大パフェにスプーンを差す。

ちゃんが心当たりあるって言った人物とはどうやら別人で本当にちゃんの知らない男のようだ。

「面白くなーい」

ちゃんが呟く。

「そうは言っても...な?」

青木の奴が言ったけど、ちゃんだって色々と多感な年頃なんだ。

あれ?多感な年頃って高校生くらいの事を言うんだっけ?

コーヒーを飲みながらそう考えていると「木村さん!」とちゃんが突然鋭い声を出す。

何だ?今このタイミングでコーヒーを飲んだらいけなかったのか?!

「何?」

「外!」

そう言いながらちゃんが外を指差す。

そこには俺が見た男と並んで歩くちゃんの姿があった。

「あいつ」

ちゃんの知ってる男かもしれないといってそういうと彼女は首を振りながら「知らない」と返してきた。そして、その直後こう言った。

「つけましょう」

「...は!?」

絶対に鷹村さんだ。この性格はあの属性だ。

「いや、もう良いだろう?」

「木村さんは気にならないんですか!?ある意味、は男に免疫と言うものがないんですよ?幼稚園以来ずっと一緒だったお兄ちゃんが高校まで色々と悪い虫がつかないように目を光らせていて。大学に上がっても女の子が圧倒的に多い大学。ほら!」

いや、ジム。ちゃんはジムに通ってたから。男だらけの中に普通に立ってグローブはめてたって聞いたことあるから!

ジム辞めても時々サンドバック叩きに来てるから...!

「行きましょう」

俺の考えはきっと彼女には分かっている。けど、それをあえて黙殺された気がする。

仕方なく、立ち上がる。

ちゃんの前にそびえ立っていたはずのあのでかいパフェもいつの間にか消えていた。

凄い...


ちゃんの気が済むように、と思って仕方なく付き合うことにした。

ああいう性格の人間とはもう何年も付き合ってるから結構俺も慣れたもんだ。

暫くちゃんたちの後をつけて歩くとカフェに入った。

「行きましょう」

「へいへい」

ちゃんが座った後ろの席に座った。

2人はどうやら映画の帰りらしくてその話をしている。

そして話のから推測するに、その男は大学生でアマチュアのボクシングチャンピオンらしい。

そういや、板垣も高校・大学でボクシングしてたんだったよな。

「宮田一郎ってボクサー知ってる?」

男が聞いた。

そりゃもう。きっとちゃんはこの世で一番宮田一郎の人となりを知っている女の子だ。

「まあ、一応。ボクシングファンだから」

ちゃんがそう言ってジュースを一口飲んだ。

「アイツ、周りは結構騒いでいるんだけどさ。天才とか言って。でも、結局新人王が取れなくて、格好悪くて海外に逃げて。かませ犬と試合してきて結果を残して帰ってきたとか言って運よくOPBFチャンプだろう?オレがプロだったらアイツ下してチャンプだね。オレ今のところ公式戦負けなしだし。あんなボクシング、オレなら1RKOだ」

...何か『ブチッ』って音が聞こえた気がするんだけど?

ちゃんを見たら「あーあ」と声に出さずに言っており、その表情はもの凄く気の毒そうだ。

ちゃん」と小さな声で彼女の名を呼ぶ。

「そりゃ、も大人になって宮田君と似ているって言われる回数が減ったって喜んでたけど。何処かしら面影はあるし、何より同じ苗字でボクシング好きだって言うなら警戒すべきでしょう。少なくとも、好きじゃないボクサーだとしてもそれは避けるべきよ。洞察力ゼロ」

確かに。

ちゃんが冷気を発しているのに気づかないのか、まだ宮田のボクシングをけなしている。

あれ?

「宮田がボクサーになったのは、親父さんのボクシングを証明するためだよな?」

「そう聞いたことありますね」

ちゃんがボクシングをやめたのは、親父さんのボクシングを同じリングで証明できないって気づいたからだよな?」

「そう聞きました」

...てことはつまり。

目の前のこの男はちゃんを否定しているってことに繋がらないか?

ちゃんが誇りに思っているそれを、嬉々として...

そう考えるとムカつくを通り越して呆れる。

だって、それは...

「ねえ、ボクシング負けなしだって言ってたよね?」

「ああ、にも見せたいよ」

呼び捨て!?

「じゃあ、見せてよ、あなたのボクシング。知り合いに頼んでリング借りてあげるから。対戦相手も気にしないで」

「...は?」

困惑する男を気にせず、ちゃんは場所と時間を指定して立ち上がる。

「じゃあ、帰るから」

「え..!?」

「逃げないでね?」

ニコリと微笑んだちゃんのその表情は物陰から見ても、もの凄く怖い。

しかし、俺の目の前に座るちゃんは「よし!」と拳を握っていた。

そのままちゃんは俺たちに気づかないまま店を出る。

残された男は呆然としていたが、そのままどこかに電話をし始めた。

話しぶりから言ってその通話相手は女で...

「いやぁ。悪い虫ですね」

そう言ってちゃんが先ほど頼んだワッフルを口に運んだ。

「そう..だね」

色々と複雑な気分を味わっていると俺とちゃんにメールが届いた。

『尾行、下手すぎ』

...どうやらちゃんにはバレバレだったらしい。

「ああ、木村さん。が言ったリングって鴨川ですよね?」

「たぶんね」

「じゃあ、私もその日行きますから」

ごちそうさまでした、と手を合わた。

「私も、溜飲を下げたいので」

そう言ってちゃんは立ち上がり、俺もそれに続く。

会計を済ませていると派手な女が店内に入ってさっきの男に手を振った。

「ふーん」

ちゃんは目を眇めて

「あの男にはああいう感じの女の方がしっくり来ますね」

と呟いた。

全く同感だと思う。




ヒロインを怒らせちゃいました。
怖いと思いますよ。
腕っ節もあるし口も立つはずなので。


桜風
08.7.19


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