あの尾行の日の翌日、ちゃんがジムにやってきた。
「会長は?」
「上に居るよ」
「ありがとう」と声を掛けてちゃんはさっさと奥に向かっていった。
「何だぁ!?は俺様に挨拶もなしか?!」
鷹村さんの前を素通りしたちゃんに対して不服を口にしながら鷹村さんはちゃんが閉めたドアを睨んでいた。
暫くして彼女は下に降りてきた。
さっきと服が違う。
「あれ、もしかして...」
「練習です。最近夜のロードもサボってたんで。少し体を動かしておこうかと思いましてね」
そう言ってちゃんはバンテージをまき始める。
「そいうや。は何でこっちで練習したがるんだ?川原は居心地が悪いのか?」
「まあ、こっちの方が気分が楽ですね。小さい頃、小学生の時にはこのジムに帰って『ただいま』って言ってましたし。第一、向こうじゃ選手の邪魔になるって父さんに叱られそうですから」
手早くバンテージを巻いたちゃんが準備運動を始める。
「あ、板垣君」
「はい?」
名前を呼ばれて板垣が手を止めた。
「板垣君って高校のときもボクシングしてたんだよね?」
「ええ、まあ...」
そう言って曖昧に頷く板垣に彼女は誰かの名前を口にした。
「知らない?公式戦負けなしだって言ってたんだけど」
「んー...階級が違っても公式戦負けなしだって言うんだったら名前くらいは聞いたことがあると思いますけど。誰ですか?」
「自称、宮田一郎よりも強くて、宮田一郎のボクシング相手なら1Rで試合を終わらせられる男。アマでは名の知れたボクサーなのかと思ってたけど...」
ちゃんの言葉に板垣は首を捻って記憶を掘り返しているようだが、やはり思い出せないようで
「ダメですね。俺は知らないです。いくつですか?」
「私のひとつ上」
「じゃあ、高校では同じにならなかったでしょうね」
板垣の言葉にちゃんは頷いた。
「噂、というか伝説として残ってるかと思ったの。ありがとう。ごめんね、練習の邪魔をして」
彼女の言葉に「いえ」と返して板垣は練習を再開した。
「誰だ、そいつは」
「今言ったとおりの人物です。体格から言って...たぶんライト級かな?」
ああ、そうだな。少し絞って俺と同じくらいだろうな。
1週間。
あいつにしていた日までちゃんは毎日ジムに通って練習をしていた。
最初は好奇の目を向けていた練習生たちもちゃんの練習の様子を見て段々真剣になっていく。
女の子があれだけ練習をしているのにちんたらしていられないって思ったのかも。
そして、当日。
窓の外に見たことのある男が立っていた。
「おい、どうした?ちゃんが呼んだんだろう?入って来いよ」
窓を開けて声を掛けるとおっかなびっくり男が入ってきた。
そして、ジムの中にいたちゃんが「こっちですよ」とニコリと微笑んで地下のリングを案内する。
「木村さーん」
遅れてちゃん。
「地下のリングだって」
「道具は?」
「持ってきてる」
地下に降りるとちゃんと男がそんな会話をしていた。
「よーし、この俺様がレフェリーをしてやる」
だから、何処に持ってるその服!!
レフェリーの制服を身に纏った鷹村さんがリングに上がった。
「ああ、。お前もヘッドギアをつけろよ」
「えー!!」
「ジジイが言ってたぞ。それを条件にこのリングを貸してるって。約束したんだろう?」
ちゃんは膨れていたが、渋々ヘッドギアを自分のコーナーに持っていった。
「え、ちょっと待て。試合の相手って...」
「私」
「オレのボクシングを見たいって...」
「同じリングに立った人が一番近くでそのボクシングを見れるでしょ?」
さらりと返したちゃんに男は絶句した。
「アンタ、セコンド?」
男には付き人のようなのもついてきていた。
「え、まあ。手伝えって...」
「そういや、板垣。アマチュアの試合ってのは...」
リング上で鷹村さんが確認する。
「グローブは10オンスで3分3Rが主流ですね」
板垣の名前を聞いて男は目を見開く。
「お前、あの男に見覚えは?」
「うーん、あまり記憶に残ってないんですよね。ボクはあまり周りには興味なかったですから」
そういうが、向こうは板垣の事は知ってるようだ。
「、10オンス持ってるか」
「10オンスしか持たせてくれませんでしたから」
そう言ってちゃんは柔軟体操を始める。
「お前も早くアップしろよ。鷹村さん、無駄に待たされるのが大嫌いだから」
「あ、一緒!」
ちゃんが声を上げる。
うん、そうだろうね...
ヒロインの試合。
いつぶり?
キム兄さんたちとやったとき以来?
少なくとも、この話の中ではそうなっているはず。
桜風
08.8.16
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