兄と妹―後編―





ひとりでロードワークに出ていると、コースの途中で宮田に会った。

会ったというか、待ち伏せされたというか...

1年くらい前の自分を思い出して苦笑する。

「どうしたよ」

声を掛けると俯いていた宮田が顔を上げた。それを見て俺は少なからず驚く。

何か、捨てられた子犬みたいだ。あの宮田が!

「どうしたよ」

もう一度同じ言葉を繰り返した。

「あ、いえ...」

俯く宮田の隣に座った。

宮田は驚いたように俺の顔をまじまじと見る。

「まあ、何だ。チャンピオンカーニバルんとき世話になったから、話くらいなら聞いてやるぜ?」

そういうと宮田は俯く。

って、可哀想ですか?」

「は?」

何を言い出すかと思えば...

「取り敢えず、順序だてて言ってくんないと俺にはわかんないな」

元々口数の多い方じゃない宮田がポツポツと話し始めた。

宮田がこんなに懐いている、ボクサー以外の人間が居たことに驚いた。そして、その人の言葉に此処まで動揺していることにも。

そういえば、そいつなのかな?前にちゃんが言ってた先輩って。ちゃんと仲良くできるってことは宮田ともそこそこ良好な関係を築けているってコトだろうし。


「どうだろうな」

話を聞き終わった俺の言葉に宮田は不服そうに眉間に皺を寄せる。

「まあ...確かに、ちゃんにはカレシ未満の男はいたけど」

「何で木村さんが知ってるんですか!?」

ホント、食いつきいいな...

仕方なく、この間の俺の知っている顛末を話した。

「そんなことが?」と驚きを隠せない表情で宮田が呟く。

「そ。確かに、ちゃんと盗み見したときはそこそこ良い雰囲気だったと思うけど。それって他人の評価だからな」

どういうことだ、と宮田は首を傾げて俺を見た。

ちゃんから見て、本当にその男が恋愛対象に入っていたか、ってこと。ほら、ちゃんはジムに通ってたし、お前が鴨川にいたときとかしょっちゅうジムに顔を出してただろう?八木さんが時々買い物を頼んでたし、練習生が手伝ってたことだってある。
少なくとも、知らない男と歩くのは慣れてるし、それはちゃんにとって特別なことじゃない可能性だってあるだろう?」

「まあ、確かに」

周囲に男がいる状態が当たり前だったのだ。

「相手は、ちゃんに気があったようだけど。ちゃん自身が本当に『友達』って思っていたかもしれないし」

「...どんなヤツだったんですか?」

「あー...」言って良いのかな?

「凄く、ヘタレだった」

「木村さんより?」

「ぶっ飛ばすぞ?!」

宮田の表情が少し柔らかくなった。

「取り敢えず、今のちゃんに1Rで負けるようなやつ」

肩を竦めて言うと

「ボクサーだったんですか?」

「アマのな。学生ボクシングの世界では一応公式戦負けなし。でも、その相手は全部かませ犬だったらしいぜ。板垣が言ってた」

「ふーん」と途端に興味をなくしたような相槌を打つ。

ホント、現金だ。

「まあ、少なくとも。俺はちゃんを可哀想とは思わないな。それはそれで伸び伸びとしていると思うし」

俺の言葉に宮田は表情を柔らかくした。

「ただ」と付け加えるとまた表情が硬くなる。おもしれぇ...

「ただ、まあ。覚悟くらいはしとけよ」

「覚悟、ですか?」

「そ。ちゃんがある日突然彼氏を連れてくるかもしんないだろう?一緒に住んでいるとはいえ、もうお互い違う道を歩いている。お前、ちゃんの学校生活なんてわかんないだろう?」

宮田は不本意そうに頷いた。

ちゃんだって、宮田のジムでの様子なんて分からないと思う。川原は、やっぱり鴨川のときみたいに気軽に顔を出せないって言ってたからな」

「でしょうね」と宮田が頷く。

「まあ、女の子の成長なんて本当に突然だし。今でも日々変わってるしな」

「そうですか?」

眉間に皺を寄せて胡散臭いものを見るような目で聞き返す宮田に溜息をついた。

「お前は毎日見てるし、家族だからわかんないの。可愛くなってんだぜ?あれは、間違いなく男が放っておかない」

だから、そこで睨むのをやめろ...!

「ま、そういうこと。ちゃんが彼氏を連れてきても『と付き合いたかったら俺を倒せ』なんて大人気ないコト言うなよ。てか、お前んちは親父さんよりお前がちゃんの彼氏や旦那候補に厳しそうだな」

苦笑しながら言うと

「まあ、さっき話した先輩にもを嫁に貰いたかったら俺を倒してからって話してますけどね」

と宮田がさらりと言った。

「は?」

「あの人は冗談ばっかり言っていて、その延長線で言ったんだと思いますけど。1年位前にを嫁に貰っていいかって言われたから、そう返したんです」

...そいつ、本気じゃないの?

その言葉は取り敢えず飲んだ。

でも、宮田に向かってちゃんを嫁にって...冗談でも言えないだろう。寧ろ、冗談だったら言えないぞ?


ふと、宮田と見ると清々した顔をしている。

「なあ、何で俺に相談したんだ?」

不思議に思って聞くと宮田はもの凄く不本意そうに

がいちばん頼りにしている年上だから、です」

と呟いた。

そう言った宮田が何だか可愛くて頭をガシガシ撫でたら嫌がり、すっくと立ち上がった。

「ありがとうございました」と頭を下げて宮田は練習に戻っていく。


でも、まあ。

その先輩とやらに会ってみたいな...

ちゃんに話してみたらどうにかなるかな?

会ってどうするわけでもないけど、話してみたい。相当楽しそうだ。




取り敢えず、今度こそ、ヒロインの彼氏疑惑ネタは終了です。
清村先輩とキム兄さんが出会ったらどうなるんだろう。
気が合うかな?
キム兄さんは結構相手に合わせられるし、清村先輩もそのタイプだろうけど。
たぶん、『友達』とまでは行きそうにないかな?当たり障りのない、知り合い程度になりそうだ。


桜風
08.11.15


ブラウザバックでお戻りください