欲しいものは





一郎の試合の日取りが決まった。

以前、一郎の試合が面白くないとが言っていた。

だから、このタイトルマッチに誘った。これで面白くない試合をするはずがない。

そして、最近時々連絡を取っている清村先輩も。一郎の試合、また見たいって言っていたから。


は何故か中々連絡がつかなくて凄くあせった。

聞くところによると、陸の孤島といわれる土地まで足を伸ばして写真を撮りに行っていたとか。

「ホワイトアウト。凄いよね」

そんな感想を聞いた。

相変わらず、写真のために体を張っているようだ。



試合の前日。

つまりは計量日。

私は授業どころではなかった。

今年編入して、学校の雰囲気になれなくては、と頑張っていたそんな時期だったけど、それどころじゃない。

授業中はハラハラしっぱなしで、学校サボってホールに行こうかと思ったくらいだ。

友達は、お陰様で何人か出来ていた。

後で聞くと、その友達がもの凄く心配したくらい色々と挙動不審だったらしい。

一郎も父さんも計量後にメールをくれてもいいだろうに、結局飯村さんが気を利かせてメールを送って教えてもらえてやっと安心できた。


「ちょっとさー!」

家に帰って「ただいま」の代わりにその一言。

「ああ、お帰り」

父さんがそういう。

キョロキョロと部屋の中を見渡してもあの一郎の姿がない。

「ただいま。一郎は?」

「部屋だろう」

父さんお言葉に頷いて回れ右をして思いだす。

「あ!何で計量パスしたって連絡くれなかったのよ!!」

責めるようにそういった。私の半日、全く落ち着かなかったんだから!!

「ああ、すまんな」

その一言!

その一言で本日の私のやきもき感は片付けられた。


父さんにはこれ以上言っても暖簾に腕押し。

階段を上がり、一度自室に荷物を置いて一郎の部屋のをノックする。

返事がない。

もう一度ノックをしてみたけど、返事がない。

寝てるのかな?と思いながらそっとドアを開けてその隙間から中の様子を覗う。

一郎は寝ていなかった。

ベッドに座り込んで方膝を抱えている。

「おじゃまします」と小声で呟いてその部屋に入った。

ポスン、とベッドに腰掛けて一郎と背中合わせに座る。

少し体重を掛けてみても文句は言われない。

もうちょっと、とゆっくり体重を掛けても何も反応がなく、ある程度まで沈んだらそれ以上は沈まなくなった。

その時点で、体重を掛けるのをやめる。

「計量パスの連絡、何でくれなかったの」

そういうと「あ、」と一郎が呟いた。

コノヤロー、忘れてたな...

「悪い」と一郎が返したので、許すことにした。

「でも、飯村さんが教えてくれたから。一日中やきもきすることはなかったんだけどね」

「飯村?」一郎が呟き、何かを考えて「ああ..あの人か」と納得したようだ。


暫く無言で背中合わせに座る。

背中から伝わる一郎の体温が少しだけ低い気がする。

こんな無愛想でも緊張しているのか?

そう思って顔を覗くように体を捻ると支えにしていた一郎の体がなくなってそのまま仰向けにベッドに転がってしまう。

「なあ、

そう言いながら一郎が顔を覗きこんできた。

「なに?」

「何が欲しい?」

そう聞かれて私の心臓は一度大きく跳ねる。

欲しいもの。

今、欲しいものを聞かれたらひとつしかない。

でも、それを手にするのに数え切れない努力をしてきていたのは一郎だ。

厳しい練習も辛い減量も黙々とひとりで耐えてきた。私は、ボクサーである宮田一郎の泣き言を聞いた記憶がない。

だから、それを手にしたいと口にして良いのはきっと一郎だけだと思う。

それでも、この場、このときに欲しいものを聞かれたらそれはひとつだ。

「チャンピオンベルト」

少しかすれた声でそう言うと、一郎は笑った。

表情を緩めるだけのそれではなく、ましてや、今の何がツボだったの?と聞きたくなるような大爆笑でもない。

ただ、自信というものを表情にしたらこうなるんだろう、と思えるようなそれだった。

「任せろ」

その言葉に何だか泣きそうになった。




OPBFタイトルマッチ。
一郎さんがヒロインに対して答えが分かっているのに『欲しいもの』を聞いたのは、
きっと自分にプレッシャーをかけるためですね。
しかし、まあ。
方膝抱えていた一郎さんがヒロインに体重をかけられてどれだけ沈めたのかが今気になります。
面白い格好になるまで沈んでたら色々台無しですよね(苦笑)


桜風
09.1.17


ブラウザバックでお戻りください