プロボクサー





学校が終わって一度家に帰り、と待ち合わせをしているホールの入り口へと向かった。

は既にそこにいて、一緒に誰かが居る。

遠くからは良く見えなくて、木村さんとかかな?と思っていたらその予想は違っていた。

「こんばんは」

と話に盛り上がっている先輩に『膝カックン』をしながら声を掛けた。

「お前なー」と呆れながら振り返ったのは清村先輩。

宮田兄妹の数少ない友人だ。ちょっと面白くないと思う。

、凄い荷物ね...」

私の持っている鞄を見てが苦笑した。

「まあ、ほら。お兄ちゃんの勝った姿私がレンズに収めて進ぜようと思って。その後、ネットオークションで売る」

「ダメ」

間髪入れずにに却下されて私は首を竦めた。

最初からそのつもりは無い。ただ、引き伸ばして宮田家に進呈しようと思っているだけ。

「お前、人も撮るの?じゃあ、今度俺も撮ってくれよ」

そう図々しく言ったのは清村先輩で、

「ダメです。私が個体としてモチーフにする人物は宮田兄妹だけです。しかも、お兄ちゃんはボクシングをしているときか、といるとき限定で」

「ふーん」と清村先輩は面白くなさそうに声を漏らし、「まあ、いいや。宮原待ちだったんだろう?これで揃ったじゃん。行こうぜ」とを促してホール入り口へと向かった。



『前座』と呼ばれる試合を見ていてもは何処か落ち着かない。

ソワソワしたそんな感じだった。

「まあ、またボクシング出来るならここで負けても大丈夫なんじゃない?」

私が言うとはストンと落ち着きを取り戻したかのような雰囲気を纏う。

「一郎は、負けないよ。約束、したから」

そう静かに言ったのこの表情を私は以前良く見ていた。

大会の、走る前のスタートラインに立ったときのそれだ。

気になってどういう心境なのか聞いたことはあるけど、本人はよく分からないといっていた。

ただ、足掻いていないだけだ、と。

つまり今そうなんだろうな。

「そういや、妹は。兄貴のところに行かなくて良いのか?試合前に激励とか」

「いいですよ、今更です。家でも顔を合わせているのに」

そう言ったに先輩は「へー」と感想を漏らして視線をリングに戻した。



そして、始まる。

初めてお兄ちゃんの試合を見たときは、そんなに面白くも無く、お兄ちゃんが勝ったことにたいしても感想なんてものはなかった。

あったといえば、『ボクシングって盛り上がりに欠けるのね』くらいだ。

だけど、どうだ。

今日の試合は手に汗を握るというか。

あのリングに立っている挑戦者である彼は、妹ラブで、無愛想だけど意外と面倒見が良くて妹のお陰もあってか、意外と優しくて。基本的に人とのコミュニケーション能力が本当に低い、私と同じ年の男の子のはずだった。

でも、そんな風に見えない。

あれは、間違いなくプロボクサーだ。


鳥肌が立つ。

私が今まで見てきた『宮田一郎』は本当に彼の一部に過ぎないということを思い知った気がした。

試合から目が離せずに、瞬きすら許されないのではないかと言う印象を受けながらそれを見守り、最後までリングに立っていたのは宮田一郎だった。

ベルトを手にした彼はガッツポーズをした。こんな大勢の前で感情を露にして表現している。


あなたのお兄ちゃんはとても誇らしい存在だね。

そう思って隣に座るを見た。

しかし、はリングの上の宮田君ではなく、別の方向を見ている。

気になってその視線を追った先に、初めて見るけど、見たことのある印象を受ける人物が涙を流しながら宮田くんの勝利を称えるように手を叩いていた。

「宮田、何見てんだ?」

不意に自分の隣に座る先輩の声が耳に届き、リングに視線を戻すと厳しい表情の宮田君がと同じ方向を見ている。

「あれ」と言いながらその人を指差した。

「あ?お!?あれって...!!」

あまりに大きな声を出すから思わず鳩尾に肘鉄を食らわせた。

隣で鳩尾を押さえながら唸っている先輩を無視してリングの上の宮田くんにレンズを向ける。

「宮田君!」

声を張って彼の名を呼んだ。

はハッとしたようにリングの上の宮田君を見る。

宮田君も私の声が届いたのか、こっちを向いて指差してくれた。もの凄くサービスが良い。

その瞬間をカメラに納める。

宮田くんがリングから降りた。おそらく控え室にでも行くのだろう。

ホールの中も段々人が減っていく。

「そろそろ出ようぜ」

そう清村先輩が促し、私たちはホールを後にした。




今度は宮原嬢視点。
彼女にとって一郎さんは親友のお兄ちゃんで自分の友人って感じでしょうね。
一郎さんのボクシングの試合は一度見ていますが、面白くなかったと漏らしていて、
やっぱりそのときの試合では印象が変わるほどではなかったと思います。
元々一郎さんはボクシングが強いとかそういうイメージは持っているでしょうから。
彼女にとっては何処まで行っても『友人の宮田一郎がボクシングをしている』だったのでしょうけど、
今回の試合で印象は変わったと思います。

でも、普段はやっぱり一郎さんをおちょくって遊ぶんでしょうね。


桜風
09.2.21


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