「、これをやろう」
家に帰ってきた父さんがそういってきた。
拳を突き出しているけど、その中には何かをつかんでいる。
私は手のひらを上にして右手を差し出した。
ぽとり、と何かが落ちてきた。
「あ...」
「好きだろう?」
そういって父さんは少し機嫌よくリビングのテレビを点けた。
「ただいま」
「おはへひ」
バイトから帰ってきた一郎に返事をする。
いつもならそのまま2階の自分の部屋に戻るのにテクテクとリビングにやってきた。
「ああ、なんだ。飴か」
私の返事が明瞭でなかったのが気になったようで、態々足を向けてきたらしい。
私の口の中には、棒が刺さった飴が入っている。
「懐かしいな、それ」
「まあねー」
初めてこれを目にしたときはなんて素晴らしいものを!と感動した。
というのも、母さんが口の中にものをいれたまま話をしてはいけないときつく躾けていたのだ。
それは飴玉も例外ではない。
飴玉なんて口の中に入れられて何ぼなのに、やはり誰かと話をするときは口の中にものを入れたままは失礼だということだったと記憶している。
だから、飴を口の中に入れていても返事をするときは口から一旦出して返事をするようにしなければならなかった。
一度口の中に入れた飴を手にとったらベタベタして好きではない。
そんなときに、目にしたその棒つき飴。
素晴らしいと思った。
口の中から出しやすいではないか!!
子供心に、これを発明した人にはチャンピオンベルトをあげるべきだと思ったくらいだ。
それ以来、私の口の中に入る飴はこの棒つき飴だった。
母さんがいなくなって、一応、口の中にものをいれたまましゃべるのは失礼なことだと認識した上で飴玉を咥えたまま人と話をするようになった現時点では、この棒つき飴はご無沙汰だった。
なにより、失礼に当たる相手がない。
まあ、昔もそうだったと思うけど...
「どうしたんだ、それ」
一郎が隣に座って聞いてきた。
現在、私はテレビを見ている。先日録ったまま見ていなかったサスペンスドラマだ。
「父さんが買ってきてくれた」
「珍しいな。...父さんは?」
驚いたように一郎が返す。
「出かけた。一郎、手洗いうがい」
「後でする」
「今!帰ってすぐに!!」
私が言うと渋々一郎は立ち上がって洗面所へと向かった。
まったく、子供じゃないんだから...
「さー、」と洗面所から戻ってきた一郎が唐突に言う。
「なあに?」
「母さんに似てきたよな」
ドキリとした。
「ど、どこが?!」
「口うるさいところ」
「だまらっしゃい!」
私の返しに一郎が「ははは」と軽く笑っている。
テレビ画面ではどうやらこのドラマを通しての最大の秘密が暴かれているようだ。
「なあ、それ。そんなに好きだったっけ?」
私の口元を指差して一郎が言う。
「んー、今ではそうでもない。ほら、こんなにお行儀悪く口の中に飴が入った状態でもお話してるもの」
「だよなー」と一郎が言う。
「何で父さん、買って帰ったんだろう」
「...そりゃ、私の好物だと思っているからじゃないの?」
「まあ、ガキのとき、そればっかり欲しがってたもんなー...」
懐かしむように一郎が天井を見上げた。
「一郎」
「あ?..ん?!」
「口の中が甘ったるくなったから後ヨロシク。イチゴ味、好きでしょ?」
「俺に寄越すな」
眉間に皺を寄せて一郎が言う。殆どなめて後ちょっと残った飴を一郎の口に突っ込んだら文句を言われた。
「試合、終わったばかりだから大丈夫でしょ?」
とりあえず、口の中の甘さを薄めるために冷蔵庫に向かった。麦茶でも飲もう。
「俺にもくれ」
ガリガリと飴を噛み砕きながら一郎が手を上げる。
「はいはい」
飴を噛むくせは相変わらずか...
あの飴の難点は、ちょっと大きいところだ。
冷蔵庫から麦茶を出して一気飲み。
自分の口の中が落ち着いたところで、一郎のコップにも同じ量だけ注ぐ。
「取りにおいで」
「持ってきてくれよ」
「どこの王子様だ」
そういいながらもコップを持っていく私は、どうにも一郎に甘いようだ。
バスの中で見たチュッパ●ャップス(?)を咥えている人を見てなぜか浮かんだエピソードです。
父郎にとってはいつまでも小さな子供って感じなのかしら?
父郎はたまたま入った店で懐かしいものを見つけて嬉しくて娘に購入して帰ったのですよ。
きっと喜ぶぞーって。
可愛いな、父郎(笑)
桜風
09.7.18
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