今日は夜のバイトの時間まで特に予定がなく、ごろりと寝転んだままテレビを何となく見ていたものの、これといって面白い番組がなかった。
リモコンの電源ボタンを押してスイッチを切ると部屋の中がシンと静まり返る。
壁掛け時計の時を刻む秒針の音が耳について何となく無駄な時間を過ごしているような気がして起き上がった。
服を着替えて玄関で久しぶりに履くランニングシューズを取り出す。
手入れはしている。クセのようなものだ。
昔、これを履く機会をなくしたとき、習慣づいていたそれをやめようと思ったが、これまた何となくやめられずに殆ど履くことがないのに新しいものを買ってみたりと未練たらたらなことを繰り返していた。
昔は未練を残すことを恥ずかしいと思っていたけど、今はそれも悪くない。
シューズの紐をきっちり結んで玄関のドアを開けた。
不意に風が走って暖かい春の空気を感じる。
玄関前でストレッチをして、そして駆け出した。
肌寒さは残っているけど、やはりもう春の空気だと感じることが出来る。
ふと、前に聞いたコースを走ってみることにした。
真昼間だしいないか、と思った矢先にその背中を見つけてダッシュした。
「!」
足を止めて振り返った彼女は珍しそうなものを見るような目で俺を見る。
「どうしたんですか、清村先輩」
遠いでしょうに、と彼女が言う。
そこなのか...
苦笑して「たまには、な」と返すと「あー、でも。こんなに天気が良いと遠征したくなるときありますよね」と返された。
「昼間にも走るのか?」
「あー、今朝はちょっとサボってしまって...でも、走ってないと気持ち悪いので」と彼女は苦笑する。
少しペースが速いなと思っていたらちょうど良い速さになった。
彼女を見ると首を傾げる。
ペースをあわせられるとやっぱり悔しいもんだ。それでも、今の俺ではこれが精一杯でブランクってホントにおっきいなと悔やまれる。
「少し休憩します?」
黙り込んで走っていたらそう声をかけられた。
バテたわけじゃないから断ろうと思ったが、まあ、体力づくりならムリをすることはない。
強くなるために、勝つために走っているのではなくて、ただの暇つぶしに走っているんだ、今は。
「もうちょっと先にベンチがあるんですよ。コンビニも」
が言うので、そこで休憩をすることにした。
ベンチの前で「飲み物買ってきますね。何が良いですか?」と聞かれて「ノンアルコールの炭酸の何か」と応えると「この後も走るのに、体に良くないですよー」と笑いながらが駆け出す。
あいつのお陰だったな、とふと昔を思い出した。
中学三年の大会。
その数ヶ月前に俺は怪我をした。
日常生活に支障はない。けど、陸上選手としては致命的。
あと4年..いや、俺の中ではもっと先までずっと陸上を続ける気でいたから医者がおかしなことを言っているんだと思った。本気で。
でも、やっぱり記録が伸びなくて。
悔しくて、それでムキになってもっともっと走って。
ついには、壊れた。
顧問も友人たちも気づかなかった。幸いなことに。
だから、走り続けた。
伸びない記録に皆は首を傾げ、無責任な励ましを寄越した。
そのときに、を見た。
いや、最初見たときはただただ足が速いほう、という感じで特に記憶していなかった。女子と男子で競うことがないから記憶しておく必要がなかったからだ。お互い、ライバルになり得ない。
女子の方が騒いでいたけど、それは特に興味なかった。
全国大会の予選会でのの印象はただそれだけだった。
そして、冬の新人戦。俺は既に引退していたものの未練を持って会場に向かった。
全く見違えるように走っていたに苦笑して、それと同時に諦めることができた。
フォームの確認のために自分の走りを何度も見ている。
窮屈そうだった。
フォームは悪くない。寧ろ、自分で言うのも何だが理想のフォームだった。
だが、全く楽しくなさそうに、淡々と記録だけを目指して走っていた。
でも、は違った。
確かに足は速い。だが、それだけではなくて..風のようだった。速いという意味ではなく、自由という意味で。
フォームの改良をすればもっと速くなるのは見ていて分かった。
を見て、俺はやっと自由になった。
悔しい気持ちとか、色々ぐちゃぐちゃになっていた俺の中にあったわだかまりがすっと綺麗に吹き飛ばされた気がした。
「清村先輩」
すっと俺の顔の横からペットボトルが差し出された。
「んー、サンキュ」
キャップを捻るとシュッと音がした。
「あ、ゆっくり開けたほうが良いかもしれません。ちょっと走っちゃったので」
隣に座ったが首を竦めながら言う。
「おまえなぁ...」
あまり反省の色を見せないは笑っている。
「ありがとな」
いろんな意味をこめてそういうと
「いいですよ、これくらい」
とはお使いのことで礼を言われたと思ったらしくニコニコと笑っている。
「たまには走るのも悪くないよな」
「これから数ヶ月は花が咲いていくからワクワクしますよ。ついこの間までつぼみだったのが花をつけていたらこう..意味もなく」
「は、走るのが好きだよな」
「いちばん好きなものはちょっとムリだったので。次に好きなものです。楽しいですよ。ストレス解消にもなるし」
彼女のいちばん好きなものが何かは分からない。
「そういや、兄貴は?」
「一郎ですか?試合が近いから。あまり一緒に走らないようにしてるんです。一郎のペースを乱すわけには行かないので」
そうか、試合か。
「見てみます?」
顔に出ていたのか、が覗き込んでそういう。
「見たい」
「いいですよ。今度の試合のチケットとっておきます。も一緒に行くんでよ。...、って分かりますかね。えーと」
「知ってる。たしか、『宮原』だろう?」
俺が返すとは不思議そうな表情を浮かべながら「じゃあ、大丈夫か」と呟いている。
そのまままたランニングを再開して、別れ際に「また連絡しますね」とは言って今の今まで俺と一緒に走っていたペースよりも格段速いそれで駆け出した。
くっそー、やっぱ悔しいな...
清村先輩とヒロインのみの登場。
ヒロインはヒロインで清村先輩の走りが好きだったとか言っています。
たぶん、フォームが『お手本』どおりなら綺麗なんでしょうね。
ロードワークデートのお話でした。
『欲しいものは』の前に入る話ですね。
桜風
10.3.20
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