箱入り娘





インターホンが鳴った。

料理中だったから「出てー」と声をかけると、テレビを見ていた一郎が玄関に向かった。


玄関先からは隣のおばさんの弾む声。

私が出たときより明らかに長い時間おばさんは話をして帰っていった。

「なに?」

戻ってきた若干疲れた一郎に聞くと

「回覧板だってさ」

とリビングのテーブルの上にそれを置いた。

「内容は?」

聞くと面倒くさそうに溜息を吐きつつ回覧板を手に取る。

「あー、最近痴漢が出るから気を付けろってさ。結構悪質なやつ」

「それだけ?」

「今回はその1枚しかないぜ」

「んじゃ、それお隣に回してきて」

言うと一郎はまたしても面倒くさそうに溜息を吐き、「一郎?」と念を押すと「OK」と返してリビングを出た。


今日から父さんが不在だ。選手について遠征だとか。

「しまった」と呟くと「どうした?」と一郎が声をかけてくる。

「3人分作ってた」

「父さんいないって、さっきもちゃんと確認しただろう」

と呆れたように一郎が言う。

「聞いたけど、仕方ないじゃない。忘れたんだから」

「確認の意味がないな」

「ムカつく!」

そう返して、そして、ちょっと迷った。父さんの分はどうやって始末しようか。

3人分を2人に分けてもいけるとは思うけど、せっかく栄養を計算したのに、それが水の泡になってしまう。

...ま、明日の朝ごはんに私が食べてしまえば良いか。

「それ、どうするんだ?」

「私の明日の朝ごはんにする」

私が、朝一番からでも牛丼だろうとステーキだろうと、トンカツだろうとドンと来いな胃袋をしていることを知ってる一郎は「ああ、それがいいかもな」と同意した。

食事をしていると一郎が「ああ、そうだ」と箸を止める。

「なに?」

も気をつけろよ」

「何を?」

「さっきの回覧板の」

ああ、痴漢がどうたらってやつか。

「大丈夫だって」と返すと一郎は盛大な溜息を吐いた。

ジムを辞めて随分たつけど、そんじょそこらの男に比べれても腕っ節は私のほうが上だ。

そんな私が痴漢なんぞに...



回覧板が回ってきてから3日後。

バイトで次のシフトとの引継ぎがうまく行かず、いつもより遅い時間に帰ることになった。

駅から歩いて帰っていると何か変な視線を感じる。

周囲を見渡しても人影はなく、少し不気味になってきた。

少しだけ早足になってみても視線は未だに着いてくる。

いや、こういう時って結構勝手にナーバスになってありもしない視線を感じるものだ。

気分を切り替えて、いつもどおりのペースで歩く。ただ、ちょっとやっぱり気持ちが悪いから近道をして帰ろうと思った。

外灯が少ないけど、確実に時間短縮できる。

そうそう、私は足だって速いんだから!

そう思うとちょっと気持ちが楽になった。


裏道に入って家を目指していると突然腕を掴まれて驚いてその腕を振り払えなかった。

咄嗟の判断が出来ずに混乱したまま私は目の前の知らない人間の行動の意図が理解できずされるがままだった。

「おい、何してるんだ?」

少し鋭く声をかけてきたこの声に聞き覚えがある。

目の前の知らない人間が逃げていった。

私はその場に崩れ落ちる。

ちゃん?!」

誰とわからずに声をかけていたようで、彼は慌てて駆け寄ってきた。

「木村さん...」

自分の声が思った以上に弱々しくて、情けない。

「大丈夫?」

「木村さん...!」

今更震えが来た。

「うん、怖かったね」と頭を撫でられて、怖かったことに気付かされる。


暫く私が落ち着くのを待って木村さんは「送っていくよ」と声を掛けてくれた。

帰りは近道ではなく、大通りに出た。

回覧板の話をすると「それはちゃんが悪いよ」と苦笑される。

「どうしてですか!?」

ムキになって返すと木村さんは再び苦笑した。

「だって、ちゃんは箱入り娘じゃないか」

「箱になんて入ってません!」

「けど、ちゃんはあの狭いリングの中でしか闘った事がないでしょう?」

そう指摘されて、気付く。

相手も必ずリングの中にたっていて、相手が何処にいるか、確実にそれがわかる状況でしか私は闘った事がない。

ちゃんは、リングの中で闘うっていうルール、箱の中でしか過ごしていないからね。ちゃんが強いのはそのルールの中だけだよ」

困ったように笑う木村さんは静かに諭してくれた。

「宮田の忠告、たまにはちゃんと聞かないと。兄貴としての面目が丸潰れだ」

笑ってそういわれて、返す言葉がない。

「あの、一郎にはこのこと...」

「言うよ。当然じゃないか。黙ってたら俺が睨まれるよ」

肩を竦めてそう言う木村さんは「当分、帰りが遅いときは迎えがあると思ったほうが良いよ」と付け足す。


家に帰って木村さんが事情を話すとその後、私は一郎から説教を受け、そして、木村さんの予言どおり、帰りが遅いと必ず電話をして一郎の迎えを待たなくてはならなくなったのは言うまでもない。




ヒロイン、強いしこれまで強いように書いてきたけど。
この子、正面から喧嘩を吹っかけられたことしかない気がして。
強いけど、弱いような気がしてこんな話に...
あ、痴漢じゃないけど、鷹村さんにあとをつけられてる話ありましたねー...
ま、いっか!
ただ、不愉快な思いをされたお嬢様がいらっしゃったら申し訳ないな、と思っています(汗)


桜風
11.7.16


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