今日は足を伸ばして大きな書店に向かった。
私が気に入っている写真家の写真集が発売されるのだ。これは是非とも購入して勉強しなくては。
しかし、その人は世間的には少しマイナーに分類されるらしくて、家の近所や学校の近くの書店に置かれることはない。
注文という手もあるが、それもちょっと...自分の手にとってレジに持っていきたいのだ。
「おや?」と思わず声を漏らす。
まったく、布の面積の少ないお姉さんの写真はそこじゃないって何度言ったら覚えるのかしら?
そう思って小難しいそうなタイトルが並ぶ書架の前に立つ清村先輩に足を向けた。
「布の面積の少ないお姉さんの写真はそこにはありませんよ」
「今日はそれを買いに来たわけじゃねぇよ」
清村先輩は心から呆れた、といった表情を浮かべて振り返った。
意外にも、声で私と分ったらしい。
「ここで会ったが運の尽き、じゃなかった。何かの縁。奢ってください」
「へいへい、運の尽きだな。まあ、いいや。付き合ってやるよ」
そう言って清村先輩はやっぱり小難しいタイトルの本を手にしてレジに向かい、私も慌ててその後を追った。
「で、奢ってくれるんですか?」
「シカトしたら、お前煩そうだからな」
まったく酷い言われようだ。その通りだけど。
以前奢ってもらったカフェでまた奢ってもらう。
「そういやさ、宮田ってまた試合あんの?」
アイスコーヒーを飲んだ清村先輩が聞いてきた。
「さあ?私も全試合見に行っているわけではないので。ただ、それでご飯を食べているならそれなりに試合がないと拙いんでしょうね」
「そうか」と清村先輩が呟いた。
「に聞いてみましょうか?『清村先輩がお兄ちゃんの大ファンになっちゃって、次の試合が待ち遠しいんだって。チケットは倍額で買うって』って」
携帯を取り出しながら言うと清村先輩は溜息をつく。
「宮田の試合が面白かったのは認めるが、大ファンになった覚えはない。あと、チケットを斡旋してくれるなら買うが、倍額は出せない」
「冗談で言ったのに」
「お前の場合、冗談2割の本気8割だろうが」
清村先輩の言葉に思わず驚く。
凄い、何でこんなに私の発言割合を理解できるのだろう。お兄ちゃんでさえ、まだ手玉に取れるのに...!
「亀の甲より年の功、ですね」
「年寄りクセェ」
清村先輩が溜息を吐いた途端、グラスの中の氷がカランと音を立てた。
「そういやさ、宮田って何でボクシングしてんの?」
「好きだからじゃないんですかー」
「お前、適当に答えるなよ」
「聞けば良いじゃないですか、本人に。知らない仲でもないんだし。雑誌とか買えばたまに書いてありますよ」
私がそう言うと先輩は「そうなんだけど...まあ、そうだよなー」と呟く。
しかし、「今更ですね」と思わす声に出していた。
清村先輩は、アイスコーヒーを飲みかけていた手をピクリと止めて、そしてアイスコーヒーを飲む。
「ま、そうだな」
納得なんてしてないだろうに、清村先輩はそれ以上何も言わなかった。
この人のこういうところは好きじゃない。余裕ぶってるところ。
少し、私が負けている気がするから。
「の、宮田君のお父さんは昔ボクサーだったんです」
「あー、何かの記事で読んだ。えーと、OPEC..じゃなくて、何だっけ?」
「OPBF。前に試合を見に行ったじゃないですか!」
思わず突っ込むと「それそれ」と言われた。
「そのチャンプか何かだったんだろう?で、どっかの試合で負けて引退したって」
「知ってるんじゃないですか。きっかけはそれですよ」
「オヤジさんがボクサーだからって自分もボクサーになる必要はないだろう。そんな人ばっかりだったらボクシング界は二世だらけだ」
何か、ちょっと。本気でムカついてきた。
「何で、宮田は命を削ってまでボクシングを続けているんだ?」
不意に先輩が言う。
宮田くんにとってそれだけの価値があるものだから、ということは私にも一応分っているつもりだ。
けど、命を削ってまでなぜ、と聞かれて私は答えられなかった。
踏み込んではいけない領域だと思っているから、今まで一度も聞いた事がない。
宮田君には勿論、にも。
軽く話してくれたことはあると思う。けど、私は自分で一線を引いてそれを越えないように接していたからその話も本当に表面だけのもの。
「ま、良いけどな」
そう呟いた清村先輩にホント、心からムカついた。
宮田妹シリーズ、もうちょっとで100話。
ということで、高くて厚い壁だったボクサー宮田一郎のルーツについて書いてみようかな、と。
あまりにも根幹にかかわりそうなテーマだったんでちょっと二の足を踏んでいたのですが、
背中を押してくださった方がいて、たしかに、今のタイミングじゃないと書かないなとも思いましたので。
何事も、タイミングと勇気です(笑)
お付き合いください。
桜風
11.8.20
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