何となくふらりと寄った商店街で思わずテンションが上がってしまった。
特価、特価!
赤札が沢山あるのだ。
あれもこれも、と今すぐ要るものじゃないけど、この先要るものを購入していくと、気が付くと大変なことになっていた。
どうしよう...
電話で一郎を呼ぼうと思ったけど、今の時間はバイトかジムか...
が、頑張れるかな?
「ちゃん」
不意に声を掛けられて振り返る。
「あ、木村さん!」
「それ、大丈夫?」
「色々と後悔の真っ只中です」
「んじゃ、お兄さんが荷物持ちしてあげよう」
「助かります!」
救世主!
木村さんが半分以上持ってくれたから何とか帰れそうだ。
「すみません」と謝ると「まあ、今日は家に帰ってひとり反省会したほうが良いよね」と苦笑された。
確かに...木村さんが目撃してくれなかったら私はどうやって家に帰っていたのか。
「ねえ、ちゃん。立ち入ったこと、聞いてみても良い?」
何だろう。
首を傾げつつ頷いた。
「宮田って、何でボクシングを始めたの?」
意外な質問に私は答えることを忘れて木村さんを見上げていた。
「あ、言いたくないなら...」
「ああ、ごめんなさい。何か、木村さんとの付き合いを考えたら、少し今更って感じがして」
そう言うと、木村さんがその理由を話してくれた。
この間、清村先輩と会ってその話になったそうだ。
「言いにくいんだけど...あいつが『命を削ってまで』って言ってたから」
今更だけど、ボクサー宮田一郎のルーツが知りたくなったらしい。
「最初は、私だったんです」
「...は?!」
木村さんが頓狂な声を漏らす。
「私が、躍起になって父さんのボクシングが世界に通用することを証明するって。鴨川に通って」
「え、ちょっと待って。そうなの?!」
「幼い頃の一郎はどちらかといえば、私の後ろをちょこちょこついて歩く方だったから。『がするならボクもする』ってタイプだったんです」
「まあ、両親が離婚した後の一郎は『お兄ちゃんとして』というプライドがムクムクと成長してきましたけどね。けど、言いだしっぺは私で、でも私だとその夢を叶えられないって分ったんです」
「...女子のボクシングは?」
木村さんが言う。
「それは、父さんのボクシングが世界に通用するっていう証明にはなりません。リングが違うから」
木村さんは何か言葉を捜しているようだった。
「一郎に命を削らせているのは、幼い頃の私です」
「それは違うよ」と木村さんがすぐに反論した。
「決めたのは宮田だ」
「今、言ったでしょう?一郎は『お兄ちゃんとして』っていう気持ちが強いから。私、自分が出来ないって諦めたとき、一郎が代わりに叶えてくれるからって自分に言い訳したんです」
そう、私は自分がリタイヤしたくせに、一郎にそれを許さなかった。
今、栄養の勉強して一郎の応援しているけど、それは私が自分のためにしていることで、自己満足なのだ。
勝手にリタイヤしたくせに、結局諦められずにこうして一郎の夢に便乗して...辛いのは、苦しいのは一郎なのに。
「ちゃんは、ボクシングをよく知ってるよね?」
木村さんが言う。どういう意味での話だろう。
けど、どんな意味でもたぶん、『よく知ってる』に分類されてもいい方じゃないだろうか。
「ボクサーはただ一人で頑張ってるわけじゃない。そうでしょう?一緒に頑張るトレーナーもいるし、仲間もいる。周りが応援してくれて初めて続けられるものだよね。
ボクシングに限らず、スポーツ選手ってのは周囲の協力と応援がなきゃ続けられない。たしかに、減量はキツイし、正直宮田は階級を上げたほうが絶対に楽だと思う。けど、上げないって決めているのは宮田で、その階級じゃなきゃ親父さんのボクシングが世界に通用することが証明できないわけでもないだろう?」
まあ、確かに。
「宮田は自分で選んでそこに立ってるんだ。けど、宮田みたいなタイプは、誰かの夢を預かってる方が強くなれるんじゃないかな」
「夢を、預かる?」
「そ。だって、親父さんのボクシングが世界に通用すると証明するのは宮田の夢でもあるんでしょう?」
「...たぶん」
「絶対にそうだって。でないと、あんな..減量は無理だよ。ちゃんの夢は宮田の夢で、同じものなんだ。そして、それぞれが出来ることをして、同じ夢に向かっている。宮田はボクサーとして、ちゃんはその生活を支えるために栄養学を勉強してる。2人で協力して頑張ってるだけじゃないか」
そう言って木村さんがポンと私の頭に手を置いた。
「だから、自分を責めるのは辞めなって。宮田もそれじゃあ、頑張れないよ」
いつもどこか後ろめたさを感じていた。
一郎がチャンピオンベルトを持って帰ったときも、嬉しかったけど、嬉しいだけじゃなかった。
これを手にするためにボロボロになった一郎。凄く、後ろめたかった。
けど、木村さんはそれで良いと言ってくれた。
夢を預けて一緒に頑張って一緒に喜んで良いと言ってくれた。
プロボクサーとしての一郎のルーツは、私で、そしてもっと根っこの部分は私も一郎も同じ。
同じように夢を見て、違う形で一緒に頑張っているだけだって教えてもらえたから、たぶんこれからもっと応援できると思う。
「木村さん」
「ん?」
「ありがとうございます」
それに対して木村さんは特にコメントすることなく、
「そういえば。今度の草野球、出てくれない?清村にも声をかけてみようと思うんだ」
と話題を変えてくれた。
「木村さんって、何で彼女いないんですか?」
「余計なお世話だよ」
心からの疑問に木村さんは苦笑してそう返した。
私が噴出し、木村さんも笑い出す。
何だか楽しい夕暮れ時になった。
ボクサー宮田一郎のルーツ、これにて完結。お付き合いありがとうございました。
最初、只管それを掘り下げていくことを考えたのですが、それは無理だと思い、
じゃあ、彼の周囲からはどう見えているか、どう思われているかを書いてみよう。
1話ずつ視点が違うなら書けるかな、と思って書き始めたのがきっかけでした。
ところで、皆様。お気づきですか?
話題の中心人物はまったく姿を見せていません(笑)
でも、このシリーズは『宮田妹シリーズ』なので、彼女が出てたらそれで充分なんです(笑)
最初、一郎さんにバトンを渡そうかと思ったけど、本人に掘り下げさせてもな、と思って。
次回は出てくると良いですね。
けど、草野球にしたらまだ出てこない気がする。
さーて、何にするかなぁ...
桜風
11.11.19
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