戦の章 第12話





大地たちと別れて暫く進んでいくと道が分かれた。

「じゃあ、私たちは右に」

飛翔が言い、氷は頷いて左に向かっていった。


どこからか風が流れてくる。

「霞、気をつけて」

そう言って右手側を見た。

先ほどまで歩いていた霞の姿がない。

振り返ってもそこには誰もおらず、依然として視界は悪いままだ。

「しまったな...幻影の罠にでも嵌まったか?」

飛翔は呟き、神器を手にする。

止まっていても何もおきないだろうし、時間がもったいないと思った飛翔は自分の勘にしたがって進んでみることにした。

1時間ほど進んでいくと開けたところに出て、霧のような靄も晴れてきた。

一面の花畑だ。遠くには森も見える。空はからっと晴れていて、太陽の日差しが眩しい。

ふと自分の進んでいく先に人影が見えた。

慎重に足を進めていくとその人影は見慣れた人物だった。

「母様...」

驚いた飛翔は思わず声を漏らす。

「飛翔ちゃん!大丈夫?怪我はない??...もう疲れたでしょう?もう十分よ。ここから先は炎狼ちゃんたちがやってくれるわ。女の子の貴女が頑張らなくていいのよ」

そう言って母が抱きしめる。

「母様の声で話すな」

低く冷たい声で飛翔が呟く。

「何を言うの?お母さんよ。ね?ほら。夫の名は炎勇。子供は飛翔ちゃんを含めて4人。翼、凪、空也..そして貴女。飛翔ちゃん。6人家族。ね?そうでしょう?何なら、私と炎勇さんとのなれ初めもお話しましょうか?」

そう言って優しく微笑む彼女は確かに飛翔の母、舞風に似ている。

しかし、飛翔は躊躇うことなくその弓を振った。

母は後ろに跳ねる。

「飛翔ちゃん?」

「お前は、ご丁寧にも私の母ではない証拠をいくつか披露してくれている」

静かな声で飛翔が言った。

「何を言うの!?あ、炎勇さんとの馴れ初め。聞きたいのね?そうね、えーと。お見合いだったのよ。私は嫌々だったのに、お父様が..いえ、お母様?そう、お母様が...」

「違うな、それは」

飛翔の言葉に母が目を見開く。

「何を言うの?お母さんがそう言っているのよ。違うはずがないじゃない!」

「それは、今私の頭の中で作った設定だ。私の母は矢のような方だったらしい。一度手から離れたら止めるのが難しい、と以前母の兄に伺った。大人しくお見合いなんて柄じゃないんだよ。それに、本物の母は家族を『7人』と言うんだよ」

飛翔の言葉に目の前の母は視線を彷徨わせて言葉を捜している。

「そ、それは言葉のあやで...」

「そして」と飛翔はその言葉を遮る。

「母は私が選んだ道の先に立ちはだかることはなしないといっていた。もし、そうなったときは迷うことなく自分を討つように、と。どの道、私の行く手を阻みたいのなら、私に殺されても文句は言わないでもらいたいよ。母の姿を持って出てきたのだから」

そう言って飛翔は地を蹴った。

母の顔を持ったものの前で手にしている弓を一振りする。驚きの表情を浮かべたまま母の姿をした者が砂のように崩れていく。

今、飛翔の目の前に現れた者は、おそらく相手の心を読むタイプだったのだろう。

ここに至るまでの長い道のりと視界を奪うようなあの霧は脳や精神に何らかの影響を与えるものだったのだろう。

その間に対象としている人物、今回は飛翔だが、その記憶や感情を読み取ってその弱点である人物を模した状態で現れる。

当然、対象は動揺するはずだ。

ただ今回の誤算はターゲットを飛翔にしたこと。

霞は属性の関係でこういった、精神的なものでの攻撃は向かなかったから仕方なく飛翔にしたのかもしれないが、それでも、飛翔を対象に選んだことは誤算だったのだろう。

視界の悪い中であっても、飛翔は音を聞きながら足を進めた。

音の反響具合から言って、進んでいるその道幅は今まで歩いていた廊下と何ら変わらなかった。

だから、迷わず進んだし、歩数を数えていたため、どれくらい進んでいるかを計算できていた。

霞とはぐれたのは少しまずったな、とは思ったが、霞はいざとなればディースという存在があるため、戦力には困らない。

しかし、まあ。現時点は飛翔は困っている。

砂となって消えたからこの幻影空間も消えていくと思ったのだが、いまだに花畑の中に立っている。

このまま進んでもいいものか、と悩んでいると少し力が戻ってきたようだ。

(ハヤテ?)

<はい>

返事がある。

先ほどまでは呼びかけても返事がなかった。

つまり、誰かが増幅器を壊したのかもしれない。神界との間に張られた結界が薄くなったのだろうか。

「霞と連絡が取りたい。できるか?」

<セツナですね。少しお待ちください、やってみます>

暫く待っているとどこからか笛の音が聞こえてきた。

「何だ...?」

新たな刺客か、と思いながら構えていると<飛翔様>とハヤテが声を掛けてくる。

「どうした?」

<笛の音が聞こえますか?>

「ああ。さっき、突然聞こえ始めた」

<それはセツナの笛の音です。音を頼りにその幻影空間から出てくるように、と>

「了解した。セツナはこちらに来ているのか?」

<竜の中でもあいつが一番力が強いです。少なくとも、その国では。風の国なら俺の方が上ですけどね>

少し負けず嫌いな言葉を付け加えてハヤテが言う。

「では、ハヤテはまだこちらに来られないのか?」

<はい。まだこちらとの間にある結界が強いですからね。たぶん、現時点ではセツナ以外は無理です。出来て、リョクですかね>

竜を呼び出すのは召喚のようなものだからだろうか、リョクも何とか来られるのだろうか。

そんなことを思いながら音がするほうへと足を向ける。

途中小川や崖があったが、それでも幻影だと分かっていたため躊躇うことなく足を進めていくと数十分して突然視界が変わった。

「...おかえりなさい」

安堵した表情を向けて霞が言う。

「ごめん、はぐれた」

「ああ、いいの。この子達に手伝ってもらったし。飛翔が無事に戻ってきて良かったわ」

そう言って霞は後ろを振り返る。

時の城で見たことのある唯と涼の姿があった。

「もしかして、壊したのは...」

「わたくしたちよ。お陰でセツナも呼べたわ」

そう言って飛翔の斜め前に立っている隻眼の男性の人型の時竜に「ね?」と声を掛ける。

彼は声を出さずに小さく頷いた。

「ハヤテは?」

「まだ来られないらしい。この国だから、セツナはくることが出来たそうだ」

飛翔が言うとセツナは小さく笑う。

ああ、やっぱりアレはハヤテがちょっぴり見栄を張ったのか...

セツナの反応を見た飛翔は心の中でそう納得した。









桜風
09.2.15


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