戦の章 第16話





雷が大地の肩をポンと叩いた。

「じゃ、よろしく」

大地は肩を竦めて片手を上げ、了解の意を示して独り部屋の中に残ってその中心に立つ。

沙羅はドアのすぐ傍に立っており、大地が振り返って準備の様子を確認した。

やはり、廊下に出たら少しはすっきりするな、と皆は感じる。

あの部屋に居た間は何だかねっとりとした生暖かい何かが絡み付いているようでどうも窮屈に感じていたのだが、廊下に出た途端その不快感は小さくなり、体も軽くなった気がする。

「いいか?」

大地が沙羅に向かって声を掛けた。

沙羅が頷くと「んじゃ」と呟き、目を瞑る。

パラパラと部屋が少しずつ崩れてきた。

石造りの建物。ということは原材料的には砂だ。大地は砂を操れる。砂、と言うより地形なのだが、結局は元を辿れば『砂』になる。

だから、石は砂に変えることが出来る。しかし、逆は出来ない。砂を石にするには水が要るのだ。やってみたことがないけど、たぶんそうだろうと思う。地形を変えるのはその組織の形を変えるだけで、土の性質は何一つ変えないため、可能だというのだ。

「じゃあ、大地と氷がいたら岩が作れるんだなー」

以前大地の説明を聞いたとき、炎狼がそう言った。

苦笑しながら氷を見たら「協力するぞ」といわれて絶句した。岩を作る必要がこの先どれくらいあるのだろう...

そんな話をしたな、と思い出して小さく笑う。

サラサラと部屋を崩しながらそんなことを思い出している自分が可笑しくなった。何のんきに思い出して笑っているのだろうか。

そろそろ部屋の壁や天井が薄くなってきた。

「沙羅、準備はいいか?」

部屋の外の沙羅に声を掛けると軽く手を上げて頷いた。

じゃあ、ペースを上げていくか。

大地は押さえていた力を一気に使った。

部屋の壁が砂に変わった。

ストン、と床が抜けた。

重力に逆らうことなく、落ちていく。さっと、風のようなものが顔の傍を掠めていった。その軌道を見るとその先には何か小さく光るものがあり、風と思ったものは飛翔の放った矢でその光る何かを砕いた。

ふっと空気が変わる。

飛翔の矢が砕いた小さく光るもの。黒い小さな宝石のようだったが、おそらくそれが結界を生み出していたのだろう。

大地が見上げ、その視線を感じたのか飛翔が大地を見下ろして苦笑する。

落下が止まったかと思ったら今度は急に上昇した。落下していたのに突然上昇という別の力が加わってしまったので、正直ちょっと気持ち悪い。

仲間の待つところまで沙羅の育てた木に乗って上がり、そのまま枝を蹴って彼らの元へと戻った。


「アレがあるって分かってたのか?」

大地は飛翔の前に立ち、少し振り返った。

今は大木がうっそうと葉を茂らせている。木は1本だが、森のようになっている部屋だった空間に視線を遣った。

「いいや。ただ、壁が崩れていくと霞があの存在を感じ取ってくれたからな。すまないな、何も言わずに矢を放って」

飛翔が謝罪すると思わなかったので大地は少し毒気を抜かれた気分だ。謝るにしても「あー。悪い、悪い」といった軽い、本当に謝る気があるのかと思うようなそれになるのではないかと思っていたのだ。

飛翔が言うには、あの魔力を増幅し、その反面神力を抑える力を持った石の存在に気づけなかったのはどうやら部屋の構造が原因だったらしい。音が沢山反響すればどこが音源か分からない。それと似たような現象を起こしていたのだろうという。

魔力を増幅する、結界のような力を持ったもののその力を広げるにはどうするのか。

飛翔が最初に考えたのは『中継地点を作る』だった。

一箇所だけ力を発するところを作っておき、中継地点を各所に置いておけば元を落とされなければいくらでも調整が利く。

しかし、霞や大地たちは結界を張るような装置そのものを壊したと言っていた。だったら、中継地点ではなく、それぞれが力を持ってそれぞれの範囲に結界のような力をめぐらせていたということになる。

だとしたら、この部屋の中にもそう言ったものがあるはずだ。


先ほど部屋をぐるりと見渡したとき、少し妙だな、とは思ったそうだ。音の反響を良くするような、劇場などではよく見る構造に似ている、と。

しかし、音の反響をよくするにしては材質がそのようになって居なかったし、何より、その必要性がわからない。演奏会をするなら観客席が要るだろう。しかし、そう言ったものはないし、練習室にしてもそのようには見えない。

気にはなったが、意図が分からない。音楽を楽しんでいたものが居たかもしれないし。

しかし、部屋が崩れていくと霞が何かを感じ取った。

部屋の真ん中ではない、壁の隅のほうから何か力を感じるといったのだ。

霞の指すほうを見ると何かが微かに光った。そういうことか、と納得した。

音や光など広範囲に伝えることが出来るものは『波』だ。それと同じく、魔族の結界を張る力の形状を表せば『波』となっているのかもしれない。その波の反射を頻繁に行うことでその波の力を失わず、むしろ共鳴させるかのように増幅させていたのだ。この部屋の造りはそう言うことだったのだ。

飛翔は弓を番えた。つまり、あの宝石のようなものがいわば音源だ。

まあ、部屋を壊すんだから部屋の中の装飾品のひとつやふたつ壊したってバレないだろうし...

そう思いながら部屋の壁の隅から零れるように落ちていく石に狙いを定める。

ゆっくりと崩れていた壁がその速度を速めたときには少しだけびっくりした。

狙っていた宝石が落下していく。そして、その宝石は大地の体の陰に隠れそうになった。このままだと見失ってしまうと思って大地が動かないことを願いながら弦を離した。

矢は大地にギリギリで掠ることもなく狙ったものを砕いた。その場の空気が変わった。

大地は飛翔を見上げる。少し恨めしそうに。

後で謝らなければな、と飛翔は少し反省はした。反省は、一応する。次も必要とあればするけど。


多少の不快感は残るが、かなりすっきりした炎狼はホムラを呼んでみることにした。

炎狼の呼びかけに応えて人型のホムラが目の前に現れる。

「よ!久しぶり」

炎狼が軽く声を掛けた。

ホムラは「はい」と答えた。

「じゃあ、こっちも戦力的に万全になったってことかな?」

雷が皆を見渡してそう言う。

「だな、」と大地が呟き、頷いた。









桜風
09.4.19


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