戦の章 第18話





グルグルとまとまらない考えが頭の中を渦巻いていた炎狼だったが、顔を上げて聞きなれた飛翔の声に反応してそちらを見る。

自信のある表情で飛翔は魔族を見据えていた。

「それが、どうかしたか?」

飛翔は口角を上げて問い返している。

いつもと変わらない飛翔のその横顔をみて少し落ち着いた。

「そなたたちは良いように使われているといっているのだ。今回の風の勇者は頭が悪いのだな」

飛翔はピクリと眉を顰めた。

それを見た仲間たちは飛翔が『頭が悪い』といわれて気分を害したのだろうと思った。しかし、飛翔が反応したのは『今回の』という言葉だ。

前にもそう言われた。

どういうことだろう...自分たちみたいに魔族も代替わりをしているのだろうか?

ふと、風真の言葉が頭をよぎった。

魔族は長命で、人の世代が5つ代わってもまだ生きているのが通常だ、と。そのときは、風真が飛翔が死んだら自分も一緒に死ぬと言い出して困った。まだ死ぬつもりはないので、そんな未来の話をされて更に泣かれても、どう反応して良いやら、と。

もしかしたら、この魔族は先代のことを知っているのではないだろうか。何故先代を知っている...?

エデンで神々は「魔族を倒してほしい」と言っていた。

魔族の魂は転生しても転生前の記憶があるのか?いや、それはないと風真が言っていた。魔族には輪廻転生はなく、魂は消滅する、と。

消滅していない魂、と言うことは可能性として考えられるのは『倒す』と言う話で勇者になるように言われたが、もしかして、『封じる』と言うのが正しいのか?もしくは、この世界人の世界では魔族の魂を滅することが出来ない。

こちらで倒しても、魂は残る。だが、またこちらにやってくるのにまた力を蓄える必要があるということなのだろうか...
前回の勇者はいつ現れた?史実として残っているものはなかった。わざと残していないのか、それとも、残らないくらいずっと昔だったのか...


魔族は不快に思っていた。

目の前で何かを考え込んでいる風の勇者は簡単に心を読むことが出来ない。目の前には思考がだだ漏れの勇者たちだって居るのに...

相手が時の勇者なら、神界の力との結びつきが強いため、そう言うことが難しいのは分かる。

しかし、今自分が読めないのは『風』だ。知識が豊富で、歴史や文化に精通している『知将』というのは前回も、その前の勇者もそうだった。風が司るのはそれなのだろう。

だが、ここまで自分の思考を外から読ませないその力は自分が今まで対峙した風の勇者にはなかった。

少々面倒くさいかもしれない。

そんな風に考えている様子をおくびにも出さずに魔族は泰然と構えていた。

まあ、出しても脆弱なる人の子には自分の表情や心理などは読めないだろう。自分の存在は人には大きすぎて脳では処理しきれていないはずだ。

何故、かの者たちは毎回このようなものたちを自分たちと戦わせようとするのか分からない。


「私たちが神々に良い様に使われている、と言ったな?」

飛翔が問いかけた。

「ああ、言った。現に、今からそなたたちは我の餌となるのだから」

「まあ、薄々わかっていたよ。エデンに私たちを監禁して、この勇者としての任を引き受けるように殆ど脅迫のような形で私たちに迫ったのだから」

飛翔の言葉に魔族は喉の奥で嗤う。しかし、「でも」と飛翔が言葉を続けたことによってまた警戒をした。

「でもな、それを含めて私が選んだことだ。餌としての道よりも多少利用されるほうがまだマシだ。お互いの利害が一致しているしな。
利用されようと何しようと、今、現時点で私たちに害があると考えているのは、お前たち魔族だ。いや、魔族全てが害をなしているわけではない。だが、少なくとも、お前は私がここへ来てまで戦うだけの理由はある」

飛翔の言葉に魔族は声を上げて嗤う。

「どういうことだ?監禁された挙句、脅迫されたのに選んだだと?」

「ああ、そうだ。全て私が選んだ道だ。私の魂が、そうとなるように選んだ」

『転生』という概念がない魔族には理解できない話かもしれない。

だが、飛翔はそう考えていた。

人は運命の下に生きているとよく言うが、そうではないと思う。生まれる前、魂であったときに自分で選んだのだと思う。だから、そのときに選んだ道の先に『縁』があり、苦難と歓喜があるのだ。

自分が風の国で女として生まれ、更に風の勇者となることも、自分で選び、受け入れると決めて生まれてきたと思っている。

神はその魂が選んだ道を変えることはない。ただ、ちょっとハードルが高かったらそれを越える手伝いくらいならしてくれる。それだけの、手伝いのためだけの存在なのではないだろうか。だから、彼らは自分たち人を『見守る』存在なのだろう。

魔族は人の子が敵うものではない。だから、手を貸した。エンブレムというものを渡し、神器を与え、力を蓄えさせて決戦に臨ませる。

全てそれは人が選んで歩んできたことなのだ。

「過去の..自分たちの祖先や、人という種族の成り立ちなんて全く興味がない。そんな気の遠くなるような昔の話をされても、ピンとこないしな。
色々あったけど、私たちは現在こうしてここに立ち、自分たちの望む世界を手に入れるためにお前たち魔族を封じる。シンプルでいいじゃないか」

そう言って飛翔は挑発するように笑った。

「だな」と笑って炎狼は神器を構える。

神が何を考えているかなんてわかりっこない。聞いたって教えてくれないだろうし。

とりあえず、自分の愛する者がのんびりと平和に暮らせる世界。それが実現できれば騙されてようが、利用されていようがどうだって良いのだ。

しかし、飛翔は『封じる』と言った。倒すのではないのか?

炎狼がちらりと飛翔を見た。

その視線を受けて飛翔は苦笑する。

皆も怪訝に飛翔を見ていた。

「この世界で、魔族の魂を滅することは出来ない」

飛翔の言葉に目の前の魔族はニッと嗤った。

「何故、そうと?」

「先ほど、『今回の風の勇者』と私のことを言っただろう?と、いうことは『先代の風の勇者』を知っていると推測される。あとは、知り合いに魔族について非常に詳しいのが居るからな。その子に魔族の魂については聞いたことがある。その情報を合わせると、おそらくここでは倒せない。退かせることしか出来ないのだろう?ただし、ここで退かせることが出来たら、お前たちがこちら側に来るのにまた随分と時間がかかる。力を蓄える必要があるんじゃないのかな?」

飛翔の言葉に魔族は声を上げて笑った。

「半分正解だ。我のような力の強い魔族は、と限定すれば正解だ。しかし、弱い、くずのような下っ端についてはそなたたちのように脆弱な虫けらでも魂を滅することは出来なくもない。まあ、下っ端が居なくなっても我は毛ほども感じないがな」

「...なぁんだ、倒さなくていいんだ?」

そう声を出したのは雷だ。

その表情は先ほどよりも緊張がほぐれている。

「倒すってのは骨が折れそうだけど、お帰り願うのなら..少しは気が楽だね」

雷の言葉に魔族は眉間にしわを寄せる。

「楽、だと...?」

自身ありげに雷は頷いた。

「浅慮。全く以って浅慮だ、人の子は。我を封じることをそんなに簡単に思っておるのか」

「簡単、なんて言ってないでしょ?でも、それなら何とかなりそうじゃん。ね?」

そう言って飛翔を見た。

飛翔は苦笑した。そして、ゆっくりと頷く。

『楽』なんて到底いえない。おそらく、それでもかなり厳しい戦いだ。それでも、ここで自分が頷かなければまたみなの士気が落ちる。

実際、飛翔が頷いたことで、皆の表情に希望が見えてきた。

「んじゃ、いつまでも寝てても文句を言われない日常のために...ってな」

大地はそう呟いて床を蹴り、それを合図に、皆は目の前の高位魔族に向かっていった。









桜風
09.5.17


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