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飛翔の病室に向かってドアをノックしたが、返事がない。
「寝てるかもしれないな」
颯希を見下ろすとグッと我慢した顔をして頷いた。
この負けん気の強さというか...空也の小さかった頃に意外と似てるんだよな...
そんなことを思いながら「入るぞ」と一応声を掛けて翼が室内に入る。
やはり、飛翔は寝息を立てて寝ていた。今は体が休養を求めているのだろう。
「起こすか?」
颯希に声を掛けると彼は首を横に振った。
「飛翔様、もう大丈夫なんですか?」
不安げに翼を見上げて颯希が言う。
「峠は越えたらしい。沙羅さん、って分かるな?彼女が何度か来てくれているらしい。あの子は、治癒能力があるらしいんだ」
颯希はコクリと頷いた。
しかし、飛翔はこんなにぼろぼろになるまで戦って国を守ったのに帰ってきたら軍をクビだという。
「いいか?」と翼が聞くと颯希は頷いた。
ドアに向かっていくと「颯希?」と飛翔の声がして颯希は振り返り、そのままベッドの傍まで駆けた。
「飛翔様!」
「さっきは、挨拶もなくて悪かったな。久しぶり」
苦笑しながら飛翔が言う。
その声はいつも聞く覇気のあるものではなかった。
「飛翔様。あの、本当にやめるんですか?」
何を、という言葉をわざと口にせずに颯希は問う。
飛翔は頷いた。
「返上するよ」
「でも、実際には国を、世界を守ったのは飛翔様です!国にいてのうのうと優雅な生活をしている高官たちじゃない!!」
「それでも、最初に規則を破ったのは私だ。こちらの責任を問われないだけマシだよ」
「...飛翔様が軍を辞めたら、僕もやめます」
ポツリと颯希が言う。
「出来ることがあるのに、颯希はそれを放棄するというのか?」
静かな口調で、しかし、その言葉に込められた想いはその口調とは逆だった。
「ごめんなさい」
「もちろん、颯希の人生だから颯希の思うようにしたらいいと思う。だが、何故お前は軍に入ったんだ?軍に入って、入ろうと決めたときとその気持ちはどうだ?変わらない?変わった?」
「僕は、飛翔様の役に立ちたくて軍に入りました。それは、今でも変わりません」
「...じゃあ、辞めるしかないな。私は軍には戻れない。けど、颯希にはまだ出来ることがあると思う。私は、そう思っている」
「...失礼します」
そう言って飛翔に背を向けて颯希は部屋を出て行った。
翼が振り返って飛翔を見やる。
飛翔は申し訳なさそうに手を合わせた。
翼はそれに応えるように軽く手を上げて部屋を出た。
「で?兄さんってなんで生きてたの?ん?ってことは、伯父上も?!」
翼たちがいなくなって残された空也に炎狼が問う。
「まあ、親父も生きてた。そうだな、神様のいたずらって言ったら信じる?」
少し試すように空也が言う。
「いたずら...まあ、あの人たちってある意味、そういうアバウトなイメージあったしなぁ」
炎狼が思い出しながらそういう。
「お前、会ったことあるの?!」
「最高神の方な?セルスとか、ラグとかは知らないけど。頷かないとこのまま監禁しちゃうぞって脅されたもん」
なんだ、そりゃ...
「ま、断ったらあの魔族たちに好き勝手されてたんだろうケドなー」
頭の後ろで手を組みながら炎狼は天井を見上げた。
「飛翔ってさ。やっぱ、クビ?」
その姿勢のまま炎狼が言う。
「本人がそれを認めてるからな。国でそういう規則なら、もうそれに従わない理由がないだろう」
空也の言葉に炎狼は視線を向ける。
「ま、俺もそれってどうかとは思ってるけどな」
苦笑しながら空也が言う。
「おれ、他国の内情に口を出すなっていう教育を受けてるけど...まあ、それってどうなんだろうって思うよ。
いや、てことは、飛翔ってそっちじゃ政治にかかわれないんだよな?」
「そうなるな。ウチの表は軍が政治を行っているから。裏は、貴族が政治を行ってるけど」
「じゃあ、飛翔ってもらえたら有利だな」
炎狼の呟きに空也は返さなかった。そのとおりだからだ。
炎の国は女性だって政治に参加できる。飛翔が今まであの国で疎まれていたのは世継ぎの炎狼を追い出したりするのではないかという懸念からだった。
しかし、飛翔が女性だということが知れ渡ると、その心配はなくなる。
炎の国では女性も政治に参加できるが、頭領は男性のみにしか認められないからだ。炎狼を脅かす存在でなければ昔から炎の国に顔を出していた飛翔は国民からその存在が認められているから馴染むのも早いだろう。
「お前、意外と為政者の考えだよな」
「いや、飛翔がウチに来たらおれが楽できそうじゃん?」
「前言撤回」と空也がいい、「それがいいと思うぜ」と炎狼がいたずらっぽく笑って返した。
俯いた颯希を連れて翼が戻ってきた。
空也になにやら耳打ちをする。
「りょーかい」
肩を竦めて空也が返し、「帰るぞ」と颯希に声を掛けた。
国に戻っていく2人を見送り、翼はこの国の防衛網について軍の責任者と話をするために会議室へと向かっていった。
「あれ?颯希たちは?」
「帰った」
炎狼の姿を見つけた大地が問い、炎狼は短く応えた。
「そういや、各国との連絡体制を今作ってんるだってよ」
炎狼の言葉に大地と氷は顔を見合わせた。
「どういうことだ?」
「いや、国がなくなってひとつの惑星になったらしい。んで、うちの親父が宇宙でプカプカ浮かんでるからお前衛星になれって伯父上に言われて大人しく衛星しているのが今の状況だってよ」
先ほど歩きながら颯希から聞いた話をすると、やはり大地たちは上手く事態が飲み込めなかったようで首を傾げていた。
少し長くなりそうだから、と炎狼が言って場所を変える。
炎狼は以前から風の国との交流があったのであの国の技術のレベルの高さは承知していたが、大地たちは話自体がちんぷんかんぷんだったようだ。
「まあ、飛翔の方が説明が上手いだろうケドな...」
自分の説明力のなさも自覚しているので炎狼はそうぼやいた。
「まあ、要約すれば..この国にいても、とりあえずウチとかに連絡できるってことか?」
「うん。究極の要約でそんな感じ。今は国の正確な位置を測ってるみたいだから帰るまでにもう少し時間が掛かるんじゃないか?」
さらりと肯定されて2人は顔を見合わせる。何か世界が一気に動き出した気がしてきた。
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