炎の章   第11話






その日の夜は、雲ひとつ無く、幾億もの星が瞬いていた。

「何だ、先客かよ。」

飛翔が屋根の上で天を仰いで風を感じていると、後ろから声が聞こえた。

振り返ったそこに居たのは、木を登って太い枝の上に立っている炎狼だった。

「どうしたんだよ、眠れないのか?」

「...また木登りか?」

「うっせぇな。おれはお前みたいに飛べないんだから仕方ないだろ。よっ、と。」

木から屋根に渡る。

幼い頃から、眠れない時は此処で過ごしていて、それは時々来ていた飛翔も同じだった。

炎狼は自分の腕を枕にして仰向けに寝転んだ。

「なぁ、昼間のアレの事考えてんのか?まぁ、あの魔物ってか、変なの連れてたって事は魔族の使いか何かだろ。けどよ、おれと戦ったチビが居ただろ?あれは魔族って言うよりもおれ達と同じ人間って感じがしたんだよな。お前と戦っていた奴もだろ?他にもそんな感じの奴、居たし。...あれ?そういえば、あの男の声ってどっかで聞いたことないか?」

目線だけ炎狼に向けて話を聞いていた飛翔は、再びそれを星空に戻して、口を開いた。

「さぁ、どうだったかな。」「どぁーー。」

溜息交じりで声を出した飛翔と重なって、なんとも間抜けな声が響いた。

「「あ...」」

炎狼と飛翔は顔を見合わせ、屋根から飛び降りて声の主の元へ向かった。

開け放たれたドアから室内を窺うと、足首に縄が巻きついて、高い天井に逆さ吊りになっている大地の姿があった。

そんな大地を見上げながら炎狼が、

「...トラップ見抜くの得意って言ってなかったか?」

と、呆れ顔を向ける。

大地はバツの悪そうな顔をして、

「ちょっと考え事してたんだよ。早く降ろしてくれ、頭に血が行き過ぎて気分が悪い。」

不機嫌に口を開く。

「まあ、少し乱暴になるが、うまく着地してくれよ?」

飛翔が飛び、大地の足首に巻かれた縄を切った。

見事な着地をした大地が紐を解いていると、

「きゃー!」「誰か、助けてー。」ガタッ。

という声と音が聞こえてきた。

外を見ながら飛翔が、

「...今日は、大漁だな。」

と呟いて溜息を吐いた。

「って言うか、最後の『ガタッ』って何だ?どこだ?」

大地は混乱しているようだ。

「たぶん、西の方だな。あそこ、あんなの多いし。大地、一緒に来てくれ。アレはたぶん、氷だ。」

「では、私は、『きゃー。』の方へ向かうとしよう。」


「大丈夫か?ああ、矢が飛んできたんだな。まぁ、当たらなくて何よりだったな。この屋敷色々あるから用意された部屋以外には入らないほうがいいと思う。何処か行きたかったのか?」

飛翔が涙目になっている沙羅に声を掛ける。

しかし、沙羅は声が出ないらしく、鯉のように口をパクパクさせて何か言いた気だった。

「喉が渇いた?お腹空いたのか?探検でもないだろうから...お風呂?」

飛翔の問い掛けに首を横に振っていた沙羅も、最後の言葉には頷いた。

そんな沙羅の素直な反応に飛翔が優しく笑う。

「じゃあ、室内風呂と露天風呂、どっちがいい?」

「露天風呂もあるの?さっきの室内風呂も素敵だったけど、露天があるならそっちに行きたい。」

と、目を輝かせて言う。

飛翔に迫った沙羅が床に手を着いた途端、『カチャリ』と音がした。

その音を聞いた飛翔が、「あ。」と呟く。

「あ?」

意味の分からない沙羅が飛翔の言葉を繰り返すと、矢が飛んできた。

今度は、その軌道上に自分の顔がある。

沙羅は目を瞑り、手で顔を覆って体を強張らせる。

しかし、いつまで経っても痛みが来ない。

恐る恐る目を明けて指の隙間から矢の飛んでくるべき方向を窺った。

矢が無い。

今度は手を下ろし、しっかりした視界で見ると、飛翔が涼しい顔をして矢をくるくると弄んでいる。

「じゃあ、案内しよう。どれくらい入っているつもり?出た頃、迎えに行った方が良いだろ?」

飛翔の案内で露天風呂に向かった。


「何だ、脱出できていたのか。...おれ、初めに言ったよな。この屋敷、無駄にからくりが多いって。まぁ、いいか。じゃ、次は、『誰か、助けえてー。』だな。あの声は、あっちだったか?」

『誰か、助けてー。』、つまり雷の声がした部屋を目指す。

「なあ、何で家の中にあんな落とし穴みたいな物を作っているんだ?それだけならまだしも、態々剣やら、槍やらが切っ先向けて埋め込まれているんだ?」

と、炎狼の後ろを歩いていた大地が疑問を口にする。

氷が掛かったからくりはそういう物だった。

すぐに、穴の縁に手を掛けて脱したが、動き回るのは危険だと判断して部屋の中でじっと座っていたのだった。

「んー?あ、確か、何代か前の頭領が造ったとか言ってたな。そんときは、暗殺が多くていちいち相手してやるのが面倒臭かったんだろ?
その対策みたいな物で、趣味で造ったって聞いたな。設計図がひとつも残ってないんだ。だからそのままにするしかないし、おれ達は困らないからな。
時々掛かる侵入者も居るし、先祖の残した物、大切にしないとな。」

そうあっさり炎狼が答えたので、大地と、氷は、少し呆れた顔で互いを見合わせた。

さて、雷はと言うと、なぜか檻の中だった。

沙羅と同じくスイッチらしき物を押してしまったらしく、天井から落ちてきた鉄格子に閉じ込められたのである。

鉄格子をガタガタと揺らすが重くてびくともしない。

「あーあ、床にめり込んでる。だからここの建物天井が高いのね。
...ったく、何で一般民家にこんなのが仕掛けてあるのかな。いや、まあ。『一般民家』って規模じゃないけど。
あー、もう。どうやったら此処から出られるか分からないし!明日までこのまま?ねぇ、このまま!?」

鉄格子を蹴りながら雷が口にした言葉は、非常に大きな独り言だった。

「―――いや、今から出してやるけど、お前独りでもどうにか出来そうな勢いだよな。」

後ろから炎狼の声がして、雷が振り向くと、一緒に居た大地、氷までもが引きつった表情で立っている。

「あ、ははははは。――助けて?」

決まりが悪そうに、頬に手を当て、少し上目遣いで甘えた声を出す。

炎狼は、やれやれという風に首を振って鉄格子に近づき、持っていた鍵でそれを開けてやる。

「ありがとう。いつも持ち歩いてるの?それ。用意周到だね。」

「まあ、客が来ているときだけな。今回みたいなことがあるといちいち鍵を取りに行くのが面倒臭ぇだろ?さて、『きゃー。』の方はどうなったかな。」

そう言って振り向くと、いつの間にか来ていた飛翔がドアの前に立っていた。

「今、露天風呂に入っている。あとで私が迎えに行って部屋まで送るから。」


その後、飛翔は大地と氷を、炎狼が雷を部屋に送って行った。

「ありがとう、炎狼。もう無闇に屋敷の中を歩き回らないようにするから。」

雷がバツの悪そうに言いながら、ぎこちなく笑う。

「まあ、そうしてくれると助かるかもな。」

炎狼は、ふっと笑った。

「そういえば、飛翔って何か、紳士だよね。」

部屋に送っている途中、雷がそんなことを言っていた。


「...『紳士』、ねえ。」

雷を送り届けたあと、自室に帰りながら炎狼は乾いた笑いと共に呟いた。










桜風
04.12.12


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