第12話





父親と会うのは久しぶりだった。

「お前の噂は此処まで歩いてくるぞ」

誇らしげに自分を見る父に恐縮する。

この人が居なかったら、自分はどんな人生を送っていたか。

そう何度か感慨にふけってみたが、そんな父親が居なくても結構力強く生きている弟分が傍に居る。

それを考えたら、何とでもなったのかもしれないと思う。

「東と西は?」

「おそらく、先に来ているのではないでしょうか。彼らは当主で、そろって昨日から休暇をとっておりましたので」

なるほど、と父が頷く。

やがて、客人がやってきた。

その対応に追われながら垓も次期当主としての務めを果たしていた。


日が沈み、やっとゆっくりできるようになる。

邸を出ようとすると声を掛けられた。

「少し、散歩だ」

家のものにそう言って歩く。

吐く息が白く、昼間のあの暑さは夢のようだ。

空を仰いではぁ、と息を吐く。

「悩み多き青年よ。酒はどうかな?」

いつの間にか央圻の..東の貴族の別荘地に入っていたらしい。

今回の貴族会議は北の領地で行っているが、東西南北その領地にも彼らは別荘地を持っている。

貴族会議の主宰は四大貴族の輪番となっているため、必ず滞在先が必要になるのだ。

振り仰ぐと窓から体を乗り出しているのは塔子だ。

垓は苦笑して「では、遠慮なく」と言って邸に向かった。


「忙しかったでしょう。北に阿ろうとしているのいっぱいいるもんねー」

カラカラと笑いながら塔子が言う。

四大貴族会議があるということは、その期間中は彼らはそれぞれの滞在先なり邸なりに必ず居るということになる。

確実に彼らに会うことが出来る少ない期間だ。

酌み交わしている酒を見ると西の名産のものだった。つまり、塔子が持ってきたものらしい。

「まあ、それも義務のひとつだから」

この3人の中で最年少は垓だ。次に塔子で央圻が最年長となる。

「失礼いたします」

先ほどホールでも挨拶をしたが、央圻の妻がやってきた。器の中にチーズがたくさん入っている。

「ほら、塔子。アテだ」

「うわ〜!やっぱりチーズは東よね!!」

そう言って手を伸ばす。

「垓さん。お子様は健やかですか?」

「ええ、お陰様で。私は仕事があって、起きているときの娘を見ることが殆どないのですが...」

苦笑して応える垓に「まあ!勿体無い!!」と彼女が返す。

「子供なんてあっという間に大きくなるのだから、今しか見れませんよ。あんな愛らしい表情なんて」

「帰りたいのは、山々なんですけど...」

「お前まじめすぎるんだよ。とっとと聖坡さんに押し付けて帰れば言いのに」

「あっちが補佐だよ」

拗ねたように返す垓の姿を見て塔子は肩を竦める。こんな口調の垓を見たら軍の者たちはどんな反応を見せるのだろうか。

「塔子さんは、そういったお話は?」

振られると思っていなかった塔子は目を丸くして、苦笑した。

「残さなければならないのは『血』ではなく『家』で本当に助かったと思っております」

その応えに央圻と垓は笑う。

「ま、そうだよな。もし、探すなら大地の故郷だ。神父がめちゃくちゃ厳しく育ててるから。テーブルマナーとかも家に入れたときから既に身に着いている。まあ、大地見てりゃそれも実証済みだろう?」

ああ、確かに。

大地と食事をして、とても感心した。

孤児院を出た子だからそういうマナーと言うものは身に着いていないと思って、それは目を瞑ろうと思っていたのに瞑る必要がなく、寧ろ目を瞠った。

「その神父さんって何者?」

「さあ?俺らも知らない。『そういうもの』だと思ってるし。詮索は..たぶんしないほうが俺のためだと思う。何となく」


暫く央圻の妻を交えて話をしていたが、彼女が席を外した。

「俺らもあそこの出なんだぜ?」

不意に央圻が言う。

「央圻さん、タブーだ」

垓がすぐさま咎めた。

貴族の養子に入ったものはそれ以前のことを口にしてはいけない。

養子に入る時点で洗礼を受ける。そこで新たな生を受けたこととなり、それ以前の人生はなかったことになる。

だから、もし昔住んでいたところに行っても、育ての親を『親』として接することは出来ない。

初めてあの神父に他人行儀な態度を取られて酷く傷ついた。

しかし、それが決まりで、破ってはならない掟だ。これは、貴族の規律のひとつで、義務だ。

王に命じられた義務を全うするために養子を迎える。その行為自体、王の命令に等しい。

養子に迎えられた者は、貴族の一員としてその権利を得る代わりに義務と言う足枷も付けられる。

意外と窮屈なものだ。

「まあ、俺たちだけなんだし」

そう言って央圻が塔子を見た。

「結構酔いが回っていますよ?明日にはきっちり記憶が飛んでるに違いない」

こういう席でもなければ彼らの過去が聞けない。

興味はあるが、先ほど垓が言ったようにタブーで、触れることが許されないものだ。もちろん、明日以降覚えていても口にすることは出来ない。口にしたものがその罪を負う。四大貴族であるなら尚の事、最も重い罪を課せられる。

塔子の言葉に垓がこれ見よがしの溜息をついた。

だが、それを気に留めてくれるものはそこにはいなかった。









桜風
10.4.4


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