第13話
| 央圻があの孤児院に行ったのは5つのときだったと記憶している。 行ったと言うか、拾われた。 あの孤児院の責任者の神父が街の中を歩いていると央圻がいたのだという。 声をかけても無視をされた。 すさんで目をしていて、だから手を差し伸べた。 最初はその手をとろうとしなかった。いや、最後まで伸ばされた手に答えることはなかった。 だから、神父が「よっこいしょ」と肩に担いでもって帰った。 意外と力持ちだったのだ。 持って帰られて、自分と同じような子供たちが数人居て、神父をねめつけた。 神父は笑った。 「お前のきょうだいだよ」と。 その環境に馴染むのはあっという間だった。 「あの人たち、何でうちにくるの?」 見たことのない美しい布で出来た服を纏った者が何人か毎月教会に来ていた。 「あの人たちが仕えている人たちの善意だよ」 答えになっていない。そう思った。 孤児院には乳飲み子から自分より大きな子供が居た。 『きょうだい』と教えられ、『きょうだい』は大切にしなくてはならないと教えられた。 「自分より小さい『きょうだい』は守ってあげなさい。自分より大きな『きょうだい』は、助けてあげなさい」 毎日、しつけられた。 そして、食事のマナー、話し方。歩き方。 街に出たら皆自分のような振る舞いをしていない。 でも、『父』である神父はそれを許さなかった。見た目に反して、意外と厳しかった。 この孤児院は15歳になったら出て行かなければならなかった。 自分よりも年上の『きょうだい』がどんどん居なくなる中、いつも来る人よりももっといい生地で作られた服を着た人がやってきた。 神父はその人を案内して応接室として使っている部屋に入っていった。 名前を呼ばれて振り返ると、最近やってきた弟が居た。 「どうした?」 「あの人、なに?」 ああ、そういえばこの子はああいう綺麗な服を着た人を見るのは初めてだったな、と思い出す。 「『貴族』ってのの使いだって。けど、今日の人は..何か違うよな」 首を傾げたままやはり何だか、よく分からないといった表情の弟は曖昧に頷いた。 「お兄ちゃんは、いつまでここに居られるの?」 「あと2年..もないな」 『2年』がどれくらいなのかイマイチ把握できていないようだ。だが、まだ一緒に居られるといって弟は嬉しそうにしている。 頭を撫でてやるとくすぐったそうに笑った。 名前を呼ばれて返事をする。今度は神父に呼ばれた。 「何?」 「こちらに来なさい」 そういわれて、応接室に入った。 「こちらは、東の臣王様だよ」 『東の臣王様』と言われても何か良く分からない。 だが、紹介されたのだから挨拶をしなければならない。そうしつけられた。 彼は自分を見て満足そうに頷いた。 「では、この子を」 その言葉に神父は頷いた。 そして、その人は帰っていく。 その夜、神父に呼ばれた。 そして『貴族』というものを教えられた。その貴族の中でも4つ、とても重要な貴族が居るということ。 その貴族たちは『四大貴族』または『臣王』と呼ばれること。 臣王、というのは、臣下の王だ。即ち、臣下の中でもっとも偉い立場にある人ということらしい。 他の貴族はともかく、臣王と呼ばれる4家は家を絶やすことは許されない。王の勅命をもってそれはきめられたものだ。 それはずっと昔。この国が出来たときにさかのぼって、それからずっと守られてきたおきてで歴史だ。 「あの方の奥方は余り体がお強くないのだよ。それで、子供は望めない。だから、子供を家に迎えようと決められた。そして、あの方が決めたのは、お前だよ」 突然の出来事で思いもよらない展開。 自分はもっとここにいて、神父を助けるために仕事をして、そして... 描いていた未来は、実現できない。 断れないか、と思った。 思ったが、たぶんムリだと何となく悟った。 だから、頷いた。 神父は悲しそうに微笑み「ありがとう」という。 養子に迎えられたら、もうこの教会の子ではなくなる。それも先ほど聞いた。 自分の思い出は自分の中のものだけになる。誰とも語り合えない。それは許されないことだ。 悲しかった。 それから数年後。 北の臣王が養子を迎えたと聞いた。 名前は、垓という。 その名前は以前の彼の名前ではないのは自分が良く知っている。昔の名前はもう口に出来ない。自分だって今は、央圻と名づけられ、両親には愛されて育った。 感謝している。 感謝はとてもしているのだが、やはり少し寂しいと思った。 そして、北の臣王の養子となった子供にあった。 そのとき、目を丸くした。お互い、同じくらい目を丸くしていたのだろう。 塔子は不思議そうに自分たちを見比べていたのだ。 「はじめ..まして」と垓が言う。 ああ、そうだ... 「初めまして」 彼の顔を見て、すぐに思い出がよみがえった。 でも、納得もした。 この子はとても優秀だった。 臣王の中の王、北の養子に迎えられるには十分な資質を持っていた。 「ついでだから、裏話」 央圻が央圻になったその過去を話し終わったのを見計らって垓が言う。 「なに?」と塔子が興味を示した。 「俺は、2番目の候補だったんだ」 「へ?!」と声を上げたのは央圻だった。知らなかった。いや、知らなくて当然なのだが... 「誰があの方を振ったんだよ」 「大地」と垓は笑う。 「えー!凄い!!」 「あいつ、この話が出たとき『砂輝も』って言うから。1人しかダメだって言うと『じゃあ、イヤだ』ってあっさり断って。父も、確かに血の繋がりのある『家族』があるのに、引き離すのは忍びないって。それで、俺に」 苦笑して垓が言う。 懐かしそうに、目を細めて。 「...なんか、凄い裏話聞いちゃったわ」 塔子が呟くと「おい、酔っ払い」と央圻が声を掛ける。 「今晩のうちに記憶ふっ飛ばしておけよ」 「もちろん」 塔子は笑いながら頷く。 勿体無いけど、でも、彼らが自分に過去の話をしてくれたのが嬉しかった。 そして、彼らの信頼の根幹がどこにあるのかが分かってなんかすっきりした。もちろん、彼らが大地を可愛がっていた理由も。 「弟なら、可愛いわよねぇ」 ポツリと呟く。 その呟きは垓たちの耳に届いていたが、彼らは聞こえないふりをしていた。 |
桜風
10.4.18
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