第19話
| 空気が変わった。 肌でそれを感じた大地はとっさに周囲を見渡した。 わからない、と言った表情をしているのは千里だけだった。雄碁は既に自分の発言に酔っている。 空気が変わった理由がイマイチ掴めない。 自分と千里は隊長になってから日が浅い。そして、貴族ではない。だからかと思ったが、岳を見た。 たしか、岳も貴族ではなく商家の生まれだったはずだ。千里と同じく。 「バカが」と彼の口が動いた。 何か、とても嫌な予感がした大地は「雄碁、今すぐさっきの発言を取り消せ」と忠告した。 そうしなければとんでもなく取り返しのつかないことになりそうな気がしたのだ。 しかし、雄碁は、 「はっ!自分の兄貴分を庇うってのか。孤児同士ってのは美しい絆で繋がっているんだなァ」 と見下した発言を返す。 違う、そうじゃない。 そう言おうとした大地を制したのは央圻だった。 「もう遅い」 冷め切ったその声が言葉の意味を強める。 「...貴族査問会議を招集する。今回は、南だな」 温度のない声で垓が言う。その声は特に大きいわけではないが、この会議室内で不思議と響いた。 「かしこまりました」と返したのは央圻で、「了解いたしました」と塔子が頷く。 垓が塋仁に視線を向けると恭しく頷いた。 そのままこの会議もなし崩しに終わった。 と、言っても。元々いちゃもんを付けたくて三番隊隊長の要請で開かれたものだ。彼がその会議の中で失言をしたため、閉会となったのならそれは自業自得だ。 「大地」と声を掛けられて振り返ると千里だ。 「さっきの、何?」 「査問会議か?」 コクリと頷いた。 「たしか、貴族同士の裁判だったと思うぞ」 「そのとおり」 加わった声に大地と千里は敬礼をした。 塋仁だ。 塋仁も返礼する。 「大地くんは色々知ってるね」 「聞いてもないのに教えてくださる方がいるので」 と、聖坡のことを言う。 「ああ、あの人っておしゃべりだもんなー」と塋仁も誰のことかわかったらしく何度か頷いている。 「それで、裁判?」 千里が話を戻した。 「...場所を変えようか」 そう言って一番近い五番隊の隊舎へと向かった。 「どうぞ」と千里がコーヒーを出す。 「ありがとう」と塋仁は受け取り、大地も礼を言った。 「それで、塋仁さん」と千里が促す。 「貴族はね。あ、と言っても四大貴族だけの話なんだけど。四大貴族は分かるね。千里さんは商家の出身だし」 千里は頷き、大地を見た。大地も小さく頷く。 「うん。四大貴族は『家』を絶やしてはいけない。これは建国の時代から続いた掟なんだ。いわば、彼らにとって枷でもある。 しかし、体が丈夫ではないとかそういう理由などで子供に恵まれなかったりする。その場合、方法はひとつしかない。養子だ。子供を外から迎えるときに必ずすること。それは、洗礼なんだ」 「私たちが生まれたときも、洗礼を受けますよね?」 「そう。四大貴族の養子に入る子は2度洗礼を受ける。本当は1度かもしれないけどね。その洗礼をもって彼らは生まれ変わるんだ。過去を捨てるんだよ。捨てるんじゃないな。勝手に消されるんだ。なかったことにされる。それまでに築いた絆も育んだ愛情も。全て無かったことにされる。そして、周囲もそれに触れてはいけない。これも掟だ。四大貴族の存続は全貴族にとっても義務だ。 だから、彼らの過去は知っていても口にしてはいけない。出自や出身地がどこかというのは何となく耳に入ることはある。けれど、それは見てはいけないこと、聞いてはいけないこと。ましてや、口にしてはいけないことなんだ」 「...でも、雄碁さん」と千里がさっきの会議のことを指摘する。 「うん。彼は貴族の中で最も犯してはいけない、けれども初歩の初歩のタブーを犯した。彼は、きっと親にそれを教えてもらえなかったんだろうね。かわいそうだけど、その身分の剥奪は免れないと思うよ」 彼にとって、絶対的のもの。それは身分だ。 貴族である自分に誇りを持っている。だが、それを剥奪されればこの先彼はどうなるだろう。 「あの」と大地が言う。 「無駄だと思うけど、好きにしたらいいよ。貴族会議の招集が決まったから早くしたほうがいい」 塋仁は微笑んでそういう。 「オレ、まだ何も言ってません」 目を丸くして大地が言う。 「君は、本当にいい人に育てられたんだね。とても優しい、広い心を持っている。大切にすると良い。それは貴いものだ。にわか貴族のプライドなんかよりもずっと、ね」 そう言って塋仁は立ち上がる。 いつの間にかコーヒーも飲み終わっていた。 「千里さん、コーヒーありがとう」 「あ、いえ」 「今の話は、心の中に秘めておいてね。タブーではないけど、言いふらすようなことでもない。私は彼のためにタブーを犯すことはしないけど」 苦笑して塋仁は五番隊の隊舎を後にした。 |
桜風
10.6.6
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