第23話





「やめろ、坤」

呆然とした彼らの元に静かな声が届く。

「大地さん!!」

「現在の被害状況です。数字は刻一刻と変わっています。まず、食料が足りません。あと、毛布がなければ夜は越せないでしょう。負傷者の数が多い」

「王に、進言したが倉庫も食糧庫も解放していただけないそうだ」

「ばっかじゃないのか!!」

坤が怒鳴った。

その途端、坤の頬が紅く腫れる。

「口を慎め」

「だって!」

「慎め。坤、お前は街に出て復旧作業を手伝え。ウチの仕事だ」

反論を許さない声音で大地が命じ、坤は渋々それに従った。

「見事。お前があそこであいつを止めなかったら反逆罪に問わなくてはならなくなるところだった」

岳が嫌悪に顔をゆがめて言う。

彼も同じことを思ったのだ。王の今回の判断に。

「...塔子。五番隊に行ったと言ったな。それで、何か分かったのか?」

「映像が残ってた。本当にバケモノだった」

「『魔族』と我々に呼ばれる者たちだと思いますよ」

おっとりとした声で答えが出た。

振り返ると砂埃に汚れた碧が立っていた。

「碧さん?!」

塔子が慌てて彼に駆け寄った。

「魔族?御伽噺の?」

垓が問う。

彼は教会で育った。だから、そういう宗教的なものの知識は自然とついてきた。だから、碧が『魔族』と称したそれについては話を聞いたことがある。

「ええ。それはそうと、総司令。陛下に食糧庫の...」

碧は言いかけて周囲の空気を察して俯いた。

「碧さん。結界は...」

六番隊が全員出て街に結界を張ってくれていた。そうすれば少しは皆の治癒力も上がるし、安心できると思って魔族が撤退してすぐに大地が碧に依頼していたのだ。

「陛下に呼び戻されました。勅命です」

民から『安心』すらも奪い取るのか。

「碧さん」

何か思案した後、大地が碧に声をかける。

「はい」

「確か、司祭になる資格のひとつに『結界』、ありますよね」

「ええ、あります。ですが、この王都には司祭以上の者は居ません」

勅命を受けたのは六番隊なので、王の命は他の宗教者には関係ないといえる。だが、この王都には司祭以上の位の者は居ない。六番隊が居るから必要ないのだ。

「司祭は、教会を離れることを禁じられていませんよね?」

大地の言いたいことを理解した碧は頷いた。

「しかし、それには貴族の方たち、領主の許可が必要になります。まず、私が正式に領主に依頼をして、そのお返事を頂き、各教会に命じるという流れになります」

六番隊は宗教を束ねている部署だ。だから、本来なら六番隊隊長の命でどの者も自由に行き来が出来る。だが、宗教というのは大抵その土地に必要とされているから存在している。領主との軋轢は人々の心の安寧を妨げるものとなる。

だから、その権力を行使することはない。

もちろん、領主と教会が結託して人々を苦しめていると聞けば、それを調査する。調査員の素性については六番隊隊長しか知らない。だから、誰もどこにその調査員が潜んでいるか分からない。

教会の中の役目としては、司教は結界を張り、祈りを捧げ、典礼を行う。そのため、彼らは教会に属している存在だ。

そして、司祭はその助けを行っている。彼らは大抵、その教会に属する司教となるが、そうならない者も少なくない。

司祭はまだ土地への縛りがないので最初はよそで修行を積み、司祭となった時点で自身の故郷に戻って更なる修行を積むことにより、そこで司教になるというものも居るのだ。

「西は許可する。今すぐ全ての貴族たちに通達を出す。碧さんは西には手続き踏まないで。全部後で良いわ。東も..大丈夫。央圻を説得する」

説得は要らないだろう。ただ、王を宥める必要があるかもしれない。この王都に司祭が来るというのなら、城の結界を強めるように言いかねない。

碧は傍に居る部下に声をかけて自分の命令を西の司祭全てに通達するように指示を出した。

塔子も部下に手続きを代行するように命じる。

とりあえず、結界については何とかなりそうだ。

大地はちらりと垓を見た。

垓は情報を処理しきれていないのか忙しなく視線を彷徨わせている。

「岳」と大地が呼ぶと「んー?」と返事がある。

「もし、オレが何かの規律とか法を犯したら..ちょっとだけしょっ引くの待ってくれるか?」

「内容によるけど、まあ。大地は逃げないだろうから。良いけど?」

まさか、岳の口からそんな言葉を聞けるとは思っていなかったその場に居た全員は少し驚いたようだった。もちろん、その会話すら耳に入っていなかった垓以外ではあるが。

そして、大地は垓の前に立つ。

突然大地が目の前の垓を殴った。

何の構えもなく殴り飛ばされて垓はしりもちをつき、呆然と大地を見上げる。

「アンタは誰だ!」

「大地?!」

塔子が止めようとしたが、それは聖坡によって制される。

「アンタは、この国の軍の最高位にある人間だろう。指示を出せ。意見を求めろ。独りで片付けられなかったら、他の人に聞け。聖坡さんはアンタよりも随分長生きしてる。塔子さんも見聞が広い。体力なら、オレは自信がある。出来るか出来ないかではなく、今何をしなくてはならないか、だ。立ち止まらずに、進め!」

垓の胸倉を掴んで大地がそう言った。

垓は少し呆然としていたが、やがて大地の腕を振りほどいた。

アレだけ混乱していた頭の中がすっきりした。弟に殴られたのは相当効く。

「今のはセーフでしょ。諫言だ」

不意に加わった声。

「塋仁?!」

「あんた戻るのが遅いよ!!」

塔子が非難する。

「うーん。南と北が食糧庫の4割ずつ出してくれた。倉庫は、取り敢えず夜を越すのに必要なものだけは出してくれた。手続きはもう終わってる。搬送も既にその5割は王都に届いた。うちの部下に配らせるよ」

「ちょ、どうして?!だって、臣王の食糧庫の開放は...」

「...確か、王命でも遡って効力は発生しないよね?」

塋仁が岳に確認する。

「ああ。遡及効はない。見越していたのか」

「まあ、ね。一応保険。王が禁止しなかったら普通に臣王からの助けが来るだけだし。それがちょっとフライングになっただけってことで」

悪びれずそういった塋仁は不敵に微笑んでいた。









桜風
10.8.1


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