第26話
| 「で?はいはい、議題は?」 投げやりに塔子が言う。 「逃げた二番隊隊長、いや、『元』が必要か...」 そう言って優越に浸って笑う雄碁に基は早速奥歯をかみ締めた。 自分の部下こそ、自分の財産を守るために魔族と戦わずに町の人たちを見捨てて、結局掴まって審理を受けているというのに... 「逃げたかどうかは別として」と岳が言う。 「いつから行方不明となっている?二番隊」 これは軍の服務規律にも関係あるので、どうやら岳が主導権を握って話を進めるのだろう。 「我々二番隊の全員の意見をあわせてみたところ、5日前からです」 必要最低限のことを、偽りなく証言するように。 「うそじゃないのか?もっと、そうだな..10日...いやもっと前からだろう」 雄碁が挑発するように言うが、基は黙っていた。 これは発言を求められた言葉じゃない。 だんまりを決め込んだ基に舌打ちをして雄碁は立ち上がる。 「本隊は、一番隊隊長の命令により不本意ではあったが二番隊に協力をしてやっていた。その際、部下たちは二番隊とバディを組んでいてな。まあ、あの貧民は監視をして私を隊長の座から引きずり落とそうと思っていたのだろうが。残念ながら我が隊は優秀で、力が不足している二番隊にはそういったものは見つけられなかった。だが、逆に我が隊の隊員は彼らの行動。二番隊隊長の失踪についても感知している。そうだろう?!」 事前に虚偽の証言をするように命じられていた隊員たちは視線を彷徨わせながら頷いた。 「まず、先に言っておこう。此処での虚偽の発言は、君たちの解雇を意味する。さあ、証言とやらを」 岳が先に釘を刺した。 もちろん、この隊長のために自分の進退をかけてもいいと思っている者がいるのだったら、ここで彼にとって有利になるような発言が出てくるだろう。 「おい、ほら。さっき私に話をしただろう?」 促された隊員は一歩前に進み出た。 「...私が、最後に二番隊隊長を見たのは、二番隊の証言と同じく5日前です」 「何?!」 声を上げたのは雄碁だ。 「貴様、俺が命じたとおりにしろ!」 「私も、彼と同じく5日前に二番隊隊長と言葉を交わしました。忘れ物をしたため、庁舎に戻ってきたのです。二番隊隊長に『今は軍の中でも混乱が続いているから、必ず誰かと行動をするように』と指示されていたので、彼が私について来てくれました。廊下で我々の姿を目にして労いの言葉をかけていただきました」 三番隊に所属して一度も隊長からそんな言葉をかけられたことがない自分たちは少なからず動揺した。どのように返していいかわからずに敬礼をしたのだ。 彼は苦笑して返礼した。 大地はとても部下を大切にしていた。あの二番隊が何故あんなに若い隊長の下にいて不満がないのか、今回二番隊の下について何となく分かったのだ。 「そうか。つまり4日前から不在ということだな」 垓が言う。 「私も5日前に会いましたから、そうでしょう」 手を上げて砂埜が言う。 砂埜は知っていてずっと黙っていた。 三番隊の隊員たちは息を飲む。 ここで隊長に命じられるままに虚偽の証言をしていたら即刻首を切られていただろう。 「証拠でもあるのか?」 雄碁がムキになった。 「予算の書類を提出しに来ました。書類に不備があったので呼び出して再提出を命じました。そして、再提出してきたのが5日前ですね。結局どうしていいかわからなかったらしく、頭を下げたので、指導してあげましたけど。 時間は..日付が変わる少し前ですね。ウチは隊舎に防犯カメラがついているので、それを後で提出しましょう。日時がしっかり記録されています」 九番隊は予算の担当なので、不正がないように、また盗難などがないようにということで防犯カメラを設置しているらしい。 しかし、カメラの位置は隊長以外わからないそうだ。 九番隊に不正があったら隊長は申し開きなしに辞任および罰則を受けることになるので、隊長自ら不正を行うことは少なく、また隊員たちへの規律は厳しいと聞く。 とにかく、その証拠があるならもう5日より前からの失踪はありえないことになる。 雄碁はその点については諦めたのか、舌打ちをした。 三番隊の隊員たちは退出を促されて全員出て行った。 「ところで、隊長が任務放棄という形になった場合は罰則はどうなっていますか?」 こうやって思考の切り替えが中々早い雄碁はその情熱を向けている方向を変えたらいい軍人になるだろうに... 皆はそう思った。 雄碁に問われた岳は持ってきていた法典を開き始める。 それ、何の武器ですか? 基は思わずそんな風に聞きそうになった。 とにかく分厚い。 此処に持ってくるのに腕が疲れたのではないだろうか... 「内容にもよりますけど、死罪もありえますね。他国への密告などがあれば、ですが。しかし、それはムリでしょう」 そう言って隣に座る千里を見た。 彼女は頷く。 「それはどうかな?五番隊隊長が協力をすれば国外へ逃亡するのもまた可能でしょう?」 「ムリです。確かに、国を出る場合、我が隊の助けがあれば可能ですが、それは九番隊の隊舎と同じく記録に残ります。その記録は10日以上保存可能です。10日の周期で上書きされていますが、途中でその保存した映像は私には消すことは出来ません。四番隊隊長がパスワードを持っていらっしゃいますので。 その記録を消そうと試みたことすら記録に残ってしまいます。そんな危ない橋を渡ってまで彼を国外へと送り出す必要がどこにありますか?」 そう言って千里は岳を見た。彼は頷く。そのとおりなのだ。 「ほう?しかし、二番隊隊長と五番隊隊長殿はいつも睦まじくしていらっしゃいます。五番隊隊長殿。二番隊隊長に『女』にしてもらったのではありませんか?」 傍で聞いていた基は頭に血が上った。なんて失礼なことを言うのだ。 「あんた!」と塔子が声を上げ、砂埜はゴミを見るような目で雄碁を見ている。 そして、侮辱された千里は顔を真っ赤にして俯いている。声を荒げるのを必死に堪えた様子だ。 『ガン』と鈍くて大きな音がした。そのまま雄碁は後方へ倒れていく。 基は目を丸くして岳を見た。 あの分厚い法典を片手で持ち上げていた。 察するに、これを雄碁の頭にぶつけたのだろう。 「全く。話が進まない。千里。訴えたかったら受け付けるから後で申し出なさい。今は、二番隊隊長の失踪についての話だから」 岳は涼しい顔でそういう。 「いやぁ、岳くんもなかなかやるねぇ。傷害罪は?」 からかうように楽しそうに塋仁が揶揄する。 「文官のオレがこんな分厚い法典を持ち上げ、慣性に逆らえずにそのまま隣で呆っとしていた雄碁に偶然法典が当たった。ただそれだけだ。事故だよ。第一、コイツは武官のはずだろう?これくらい避けて当たり前だ。それが出来なかったのだから、こいつが悪い。それに、私がやらなかったら塋仁がどうかしてただろう?」 「失礼な言葉で女の子を泣かすバカはいじめてもいいってそれに書いてない?」 「探しておこう」 「...続けるぞ?ああ、そいつは放っておけ」 基が雄碁を起こそうと椅子から立ち上がると垓に制された。 「国外に出ていないのなら、まあ、見つけられるな。しかし、この不在について何らかの処分が必要だろう」 「あ、あの!」 基が言う。 「発言を許可しよう」 「有給休暇、っていう処理はできませんか?」 自分が軍に入ってから大地は一度も休んでいない。他の人に聞いたら昨年も同じだったという。つまり、有給休暇というものを取得したことがないらしい。 「...央圻。大地はどれくらい休みが残っている?」 「1回も使ってませんね。彼は隊長になってから一度も有給休暇を取得していません」 「私が二番隊隊長だったときも一度も休んでいませんね。いい加減、休めと何度か言ったのですが、体力があるからと言って。ジジイ共が休めばいいと生意気言ってました」 笑いながら聖坡が言う。 「岳?」 「まあ、彼の普段の勤務態度から言って大丈夫ではないのですか?ただ、それを全て使いきった場合、無断欠勤で処罰の対象となりますが、本人が不在の場合、身内がその処罰..罰金なのですが...その処罰を適用されることがあります。今までそれを適用したことはありませんが。大抵、本人がどこかで野垂れ死んでいますから」 「『身内』か...」と垓が呟く。 大地の身内といえばあの教会の神父になるのだろう。育ての親だから。 となると、彼が大地の代わりに罰金を支払うのか... あの孤児院は経営が物凄く大変そうだ。自分たちが寄付をして入るが、殆どつきかえされている。最低限生活をするのに困らない程度でいいから、と。 「あの...」と基がまた言う。 「何だ?」 「この国って、王都以外は貴族の土地なんですよね?」 「そうよ。王都とその周辺、王の直轄地はあるけど、殆ど臣王が分け与えていただいているわ」 塔子が答える。 「では、その領地内を捜索って...」 「可能だ。まあ、大騒ぎにならないようにってのでそれを避けていただけだからな。ここまで大騒ぎになったらもう一気に探した方が早い」 央圻がそう言って塔子も頷く。 |
桜風
10.9.19
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