水の章 第12話





家に帰った氷は微かな血の臭いに驚く。

急いでリビングまで向かうと

「飛翔、どうしたんだよ。その傷」

沙羅が飛翔の腕に包帯を巻いていた。

「ああ、お帰り。お疲れさま」

氷の質問に答えずに飛翔はそう声をかけた。

「ああ、いや。みんなもありがとう。で、その傷は?」

「兄様にやられてしまったよ」

そう苦笑する飛翔に氷は眉を顰める。

「大丈夫、なのか?」

「ああ、倍返ししておいたし。今まで無傷だったのが奇跡に近いんだよ。攻撃力はある人だしね」

あっけらかんとそう言う飛翔にこれ以上追求はしなかった。

炎狼を見るとやはり同じく苦笑を零している。何を言っても無駄なのだろう。


食事の席で氷は改めて皆に礼を言う。

皆は不可解だという顔をしながら「お互い様だろ」と言った。

そんなことをさらりと言える仲間にさらに感謝の念を抱く。

一緒に食事をしていた姉に明日出立することを告げた。もう、本当に時間が無い。恐らく気候が穏やかになればなるほどこの国への侵攻は強くなっていくだろうし、ずっと耐えている炎の国もいつ限界が来るか分からない。


食事が済んで氷菜がコーヒーを淹れてくれた。

コーヒーを飲みながら、沙羅がおずおずと氷菜に声を掛ける。

「あの、氷菜さんが目が見えないのって後天性のものですよね?」

沙羅の遠慮の無い発言に雷は慌てる。

「ちょっと、沙羅。失礼でしょ!」

しかし、

「いいえ、大丈夫ですよ雷さん。その通りですよ、沙羅さん」

「そっかー。よろしければ診てみましょうか?わたしは科学的な医療は出来ませんが...」

沙羅がそう言う。

氷菜が迷っていると、

「診てもらったら、姉さん。沙羅は森の国の人間だから、治癒能力があるし」

氷が勧める。

「じゃあ...」と遠慮がちに氷菜は呟いて沙羅の正面に顔を向けた。

沙羅が氷菜の目に手をかざす。その手からは淡い光が発せらている。

そんな様子を見守りながら

「沙羅、何で分かったんだ?治癒能力者の勘ってやつか?」

炎狼が首を傾げながら呟いた。

「色の名を知っていたからじゃないのか?氷が私たちを紹介するとき、色の名前を言っていただろう?だから、私も氷菜さんの視力障害は後天性のものだと思ったんだがな。元の色を知らなきゃ、名前だけを聞いても何の情報にもならない」

「なるほど」と炎狼が深く納得をしていると沙羅の手が止まる。

「どうだ?」

氷に聞かれて沙羅は

「うーん。難しいわね。でも、不可能じゃない。目っていうデリケートなところだから長い時間を掛けるワケにはいかないけど、時間と根気とその気さえあれば、また見えるようになりますよ」

「その気ってどういうことだ?」

大地が聞くと

「治癒能力っていうのは相手の自然治癒力を高めることを言うの。つまりは、相手に治りたいって気が無ければこの力も大したものじゃないわ」

と答えた。

「意思って言っても気絶をしている人とか大きな傷を受けて重症の人は?炎狼の傷塞いだよね?」

「そうね。血が流れている怪我は、体が本能で治そうとしてるからその行為を助けてあげやすいけど、塞がった傷にはそれこそ本人の意思がないと難しいのよね。だから、『その気』っていう意思が必要なの。
どの道、今すぐってワケにはいきませんから、氷が戻ってきてから話し合われても遅くないと思いますよ」

氷菜の表情を見た沙羅はそう締めくくって治療の話を終わらせた。


翌日。

見送りには来ない氷菜に挨拶を済ませた皆は城に向かう。

飛翔は「もう道は覚えたから」と言いながら半泣きの炎狼を車に押し込め城に向かって車を走らせる。

氷たちはその姿を苦笑しながら眺め、飛翔の後に続いて車を走らせた。


城に着いて国王への謁見をする。もちろん、沙羅と飛翔を抜きにしてで、2人は先に港に向かった。

謁見の間には姫も居た。

氷が国王に当たり障りの無い報告をし、他国への攻撃をやめるように進言をする。

国王が了解したとき

「何故ですか、お父様。今この機会に他国を侵攻してわが国の属国にしてしまえば、もっとこの国も豊かになります。こんな1年の半分以上がこおりに覆われている国では栄えるものも栄えません」

と横から姫が口をはさんだ。

その瞬間、氷から凍てつくような殺気にも似た気が放たれた。そんな氷の気に当てられた姫は腰を抜かす。

「そのようなこと、この俺が許さない」

そう言った氷は、国を背負う正当なる血を引くものの姿だった。

威風堂堂たるその姿に国王さえも頭を下げてしまいそうになる。

氷は国王に一瞥をくれた後、気を静める。

「それでは、我々は出立します。あとのこと、よろしくお願いします」

そう言って敬礼をした後、氷たちは出て行った。

本当は、国王も司令官も見送りのためについて行こうと思っていたのだが、どうにも足が竦んでしまったらしく動けない。

「やはり、器が違うな」

国王の呟きに、国王と司令官はお互い顔を見合わせて苦笑をした。


港で部下に簡単に引継ぎをしたあと、氷たちは出発した。

最後の、時の国に向かって。











桜風
07.11.18


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