水の章 第7話





夕飯を食べ終わって氷菜に帰ってこなかった経緯を話した。

氷菜は大して驚かず、穏やかに聞いていた。

「姉さん、驚かないのか?」

「ええ。驚いたことに、驚かないわねぇ?どこかで、何となくそう思っていたのかもしれないわね」

「そう。明日、また出かけるから。何日かまた留守にするけど、俺以外は戻ってくるから、悪いけど皆をよろしく頼むな?」

「はい、分かりました。じゃあ、そろそろ皆さん寝たほうがいいわね」

そう言って氷菜は自室に帰って行った。皆も用意してもらった部屋に帰っていった。


雪深い山の中、小さな集落があった。

小さく、しかし、結束の固いどの家のみんなが家族のようなそういう集落だった。

王と呼ばれる人がいて、王妃と呼ばれる人もいた。王子と呼ばれる子が3人。姫と呼ばれる子が2人いた。末の王子だけ、何故か髪の色が濃紫だった。

集落の外れでいつも2人の小さな男の子が遊んでいる。

ひとりは雪の色をした髪。もうひとりは濃紫の色をした王子だ。

大きな手を持つ父親。優しく微笑む母親。穏やかな兄たち。面倒見のいい姉と幼い妹。濃紫の王子と仲良く暮らしていた。

ただ、歳の近い者がいなかった王子は、いつの間にか雪色の少年と遊ぶようになった。

2人はときどき洞窟で遊んでいた。

2人だけの秘密の場所。兄姉にも父にも母にも内緒だと約束をした場所。

ある日、兄の成人を祝う祭りがあった。

大人に囲まれている成人した兄はすっかり精悍な顔つきになっていた。

しかし、酒の飲めない幼い王子は難しい話をしている大人の輪から抜けた。母は妹の世話が忙しいようだ。

雪色の少年を見つけた。

いつも遊ぶ洞窟へと向かう。

雪色の少年は言った。

「君は、生き残らないといけないんだ」

幼い王子は何のことか分からなかった。

少しして、集落の辺りが騒がしくなってきた。

火の手が上がり、悲鳴も聞こえてくる。

王子は走った。

帰る途中、腕を掴まれた。驚いて見上げると、それは母の代わりに世話をしてくれていた人たちだった。

何故か、その人の子供の自分と背の変わらない少年の髪の色が濃紫にされていた。

理由を聞いても誰も答えてくれない。

父たちはどうなったか。妹はどうしたのか。それも答えてもらえなかった。

追っ手に追いつかれそうになったとき、2手に分かれた。

険しい道に逃げたのは王子の方で、母の代わりとその子供はそのまままっすぐ逃げていった。

皆が死んでいく。

厳しい教育係。楽しい、衣装係。細身のコック。

皆が自分を生かすために倒れていく。

逃げる途中、足を踏み外して崖から落ちた。崖下の川に落ちた王子は気を失う。

次に目が覚めたときは、真っ青な空が広がっていた。

川岸で引っかかった幼い王子は命を落とさずに済んだ。周りを見ても、知っている者は誰もいない。


「―――、..う、氷?」

目を開けると空が見えた。

「うなされていたから起こしたんだが...ここで寝てると風邪を引くんじゃないのか?」

「ああ、ありがとう」

空だと思ったのは、飛翔の髪の色だった。

氷はいつの間にか暖炉の傍のソファーで寝てしまったらしい。

「なあ、飛翔。真っ青な空、好きか?」

はっきりしない頭で、氷はそう聞いた。飛翔は一瞬目を大きくしたが、苦笑をして、

「突然だな。そうだな...好きだけど、怖い、かな?」

と答えた。

「風、なのにか?空で風に敵うヤツはいないんだろ?」

「同じヒトと戦うときは、そうかもしれないけど。でも、自然に勝てるヒトなんているのかな?例えば、地の国。よく竜巻が起こって大変だと聞いた。それを私が能力で風を操って止めたとする。どうなると思う?」

質問を返されて氷は考える。

「...植物に影響があるんじゃないか?」

「うん、そうなるはずだ。さらに雨も降らなくなると思う。つまり、そういうことだ。ヒトは自然には勝てない。基本的に私は風を操っていない、読んでいるんだ。協力してもらっていると言って良いかもな」

「そうなのか?でも、俺たちは何度か乗せてもらったじゃないか」

「たしかに、あれは操ると言うか、呼んでいたな。でも、そのあと、必ず敬意を払うように父様に言われて育った。自分に向かって誰かが操ってくる風は勿論捩じ伏せるけど、それ以外だと協力してもらっているつもりだよ。
自然現象には必ず意味と原因がある。ヒトが忘れていても自然は必ず形を持って返してくる。だから、自然は怖いものなんだ。それを忘れてはいけない、と言われたね」

飛翔の言葉を聞いて氷が静かに目を瞑る。

「怖いか?」

「そうだな。そう考えたら、少し」

氷は苦笑をしながらそう答えた。そんなこと、考えたこともなかった。

「じゃあ、おまじないを教えてあげよう。能力を使った後に『ありがとう』って言うんだ。落ち着くぞ?小さい頃、私と炎狼が父様からさっきの自然の話を聞いて、自分たちの能力が怖くなったんだ。そのとき、母様が教えてくれたおまじないだ」

「『ありがとう』、か。確かに、落ち着くな」

「だろ?じゃあ、私はもう寝る。氷も、部屋に帰って寝ろよ」

そう言って飛翔は去って行った。

「ありがとう...」

一言呟き、氷も自室に戻った。











桜風
07.9.2


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