必要とされること
| 執務室の中がチカチカする。 見上げると執務室の白熱灯が切れ掛かっている。 このチカチカする白熱灯を見ると昔を思い出す... 俺の実家はどうしようもない父親と、それに依存して抜け出せない母がいた。 兄弟はおらず、俺一人。 まあ、外に出れば母親の違う兄弟ってのはたくさん居るだろうけど。 それはともかく。 父親は働かず、外で女と借金を作っていた。 母は、いつか自分の元にアイツが帰ってくると信じて身を粉にして働いていた。 けど、女で働くところなんてこの国では限られてくる。 それこそ、自分の体を売るしかなかった。 店では客が自分に寄越した金も全て店の儲けとして取り上げる。 だから、個人的に客を取って家でウリをやる人間はその世界だと多い。 しかし、そのためには子供なんてマイナスだし、いい事なんて何も無い。 俺はずっと邪魔な存在だった。ただ、母が子供が居れば、いつかアイツは戻ってくると信じていたため、辛うじて捨てられることはなかった。 でも、母が俺を邪魔だって思っていることなんて全身で表していたし、客が来るときは普通に追い出されていた。 こんなだったから、俺の実家はずっと金の無いままだった。 いつだったか、いつもと同じく家を追い出されて夜の町を彷徨った。 花街が近かったため、そういう女も多く、この国の現状は結局こうだ、と悟りきった気分で居た。 結局治安がいいとか言いながら、女は働くところがなく、そして、自分を売る以外に食べていく手段も無いということだ。 「や、キミ綺麗だね」 花街の外れで声を掛けられた。この花街の住人にしては珍しいくらい綺麗で、金持ちそうだった。 「俺、金無いから」 そういえば、大抵の女は用なしとばかりに唾を吐いてまた別の男に声を掛ける。金にならない男は無用なのだ。 「そうなの?じゃあ、何か食べに行く?」 そんなことを言われた。 「何言ってんだ?」 「私、花街の人間じゃないから」 「じゃあ、何でこんなところに居るんだよ」 「探し物」 そんなことを言う。丁度腹も減ってたし、適当に利用して捨ててしまおうと思った。俺も結局あの男の血を引いているってことだ。 その日、飯を食って 「で、アンタ俺に何させたいんだよ」 一応聞いてみる。 「私の相手をして」 「相手?アンタ...」 「暇なの、毎日。だから、こうして一緒にご飯を食べて、話をしよう?それでいいわ。どう?美味しいご飯を食べて愚痴や世間話を聞くだけ。お得でしょ?」 裏がありそうな気がしたけど、結局俺は要らない人間で、俺が居なくなっても誰も困らない。 騙されてやるのも一興、と思いその話に乗った。 その女とは2日に一度会う約束をしていた。 名前はお互い名乗らない。それで苦にはならない関係だったから。 彼女は俺にとって初めての他人で、そして、何より俺の存在を認めてくれる人だった。 いつの間にか、俺は彼女に恋してた。それは叶わない、禁忌の恋。彼女には夫が居るし、何より身分が違う。 だけど、彼女と一緒に過ごす時間が俺にとって何よりの幸せだった。 でも、その幸せは長くは続かなかった。 いつもの時間に彼女は待ち合わせ場所に来なかった。 心配で仕方なくなり、俺は周辺を走った。逢うのはいつも夜で、周囲の電灯は切れ掛かっているものばかりで殆ど役に立たない。 チカチカする電灯の下で彼女を見つけたとき、俺は声にならない叫び声を挙げた。 彼女の手には怪しく光るナイフ。そして、その先には女を侍らせている太った男が1人。 彼女の目は憎しみに染まっていた。 「待て!ダメだ!!」 必死に走ったが、結局彼女には届かなかった。 男に向かって彼女が走って行き、そして、男は懐から銃を取り出して彼女に向けて発砲した。 男に侍っていた女はクスクス笑っている。 ―――狂っている。 その現場、空気をそう感じた。 男は彼女をゴミでも見るような目で見て、何処かへ消えて行った。 彼女に駆け寄ると、微かに息がある。 「び、病院。誰か呼んで来る」 どうしていいか分からず、その場を立ち上がろうとしたら彼女に腕を掴まれた。彼女は静かに首を振る。 「こうなること、分かってたの。あの人、ちっとも家に帰って来ないんですもの。他に誰かが居るってことくらい私にだって分かってたわ」 「じゃあ、何で!?」 「何故かしらね?心のどこかで、彼はまだ私のことを愛してくれていると思っていたの。馬鹿でしょ」 この人も俺の母と同じだった。 「ねえ、名前。教えてくれるかしら?」 「東風。春に、吹く風」 「そう。優しい名前ね。お願いよ、東風はあの人みたいにならないで...」 そう言って彼女は息を引き取った。 愛する人に捨てられ、彼女は孤独を紛らわせるために俺に声を掛けた。 けど、俺ではダメだった。 彼女にはあの男以外の誰かではダメだった... その数年後、俺は軍に入った。 男でなければなれないそれ。 そして、政治も行っているから国すら変えれる。そう思った。 けど、実際はそんな大それたことはできなかった。 俺は、能力も無い、結局金で地位を買ったクソ上司に目を付けられていた。自分を曲げず、俺を主張していたから。 そいつの家は、最初は貧乏だったけど、成金だった。金で地位を買って結局それで能力が無いやつばかりを輩出しているクソみたいなお家。 一度見た人間の名前と顔は忘れない。昔からの俺の特技であり、それが悲劇だ。 あれ以来、彼女を殺した男が、軍の高官だったこともあってよく目にする。 擦れ違うたび、殺したいという衝動に駆られていた。 そんな中、転属を命じられた。 どうせまたクソみたいな上司なんだろう。 そう思っていたら、そいつは俺より年下で、軍の最高責任者の末の息子だという。 金で地位を買ったわけで無いなら、コネだろう。そう思っていた。 けど、飛翔の実力はホンモノで、何でまだ大尉なのか不思議で仕方なかった。 「仕方ないよ、これでも異例の出世だし」 俺がタメ口をきいても怒らない。 ただ、軽く口の悪さを注意する。自分のためではなく、俺のために。 飛翔には裏の顔があった。颯希や嵐は未だに知らない。 それでいいと思った。あいつらにとって飛翔は尊敬の対象で、そういうものが居れば心の拠り所が出来る。それがあるほうが壊れずに済む。飛翔もその存在の意義を理解しているからあいつらに何も言わない。 そして、その裏の顔のために俺が必要だったようだ。 それだけではないけど、俺のこの特技が役立っているのは今のところそれだけだ。 「本当に、申し訳ないと思っているよ」 よくそう言う。俺の特技はいいことに使われていないから。でも、それで良いと思う。飛翔自身、自分のために俺を使っているわけじゃない。 誰かの役に立つことなんて今までの人生で無いことだ。 「東風さん、何であんなに女性に対してだらしないんですか?」 澄んだ瞳でまっすぐ俺にそんな疑問を投げかけたのは颯希。 俺は、軍で評判が良くない。その理由のひとつに誰かの彼女を奪っていると言うことがある。 本当はそんなつもりは無い。ただ、女性が男の身勝手さで泣くのを見ていられないだけなんだ。 けど、そんなことは颯希には言わず「女性は人類の宝だからな」と返している。 ただ、飛翔にはたぶん、気付かれている。あいつは色々と達観しているところがあるから。 「あれ?電気が切れかかってますね」 側に来た颯希が声を掛けてきた。 「ああ。そうだ、颯希。お前換えてくれよ」 「僕ですか?僕、小さいじゃないですか。東風さんみたいに無駄に育っていないんですけど...」 「飛べるだろう?それとも、飛翔様お墨付きのその力も使いこなせないのかにゃ?」 「出来ます!じゃあ、東風さんが取ってきてくださいよ!!」 怒ってムキになった颯希が倉庫から換えのそれを取って来いと言う。 「りょーかい」と適当に敬礼までオマケでつけて執務室を出た。 廊下で飛翔に会う。 「お、いいトコロに」 「そろそろ切れそうだったから」 飛翔は俺が取りに行こうとしていたものを抱えていた。 「颯希に取りに行けって言われてたんだよ」 そう言って手を出すと、「じゃあ、頼む」と言ってそれを渡してくれた。 「なあ、飛翔。この国、変わると思うか?」 突然投げかけたそんな言葉。それに対して飛翔は一瞬だけ驚いた表情を見せた。 「変えたいね。つまらない風習は無くして、勿論、いいものは残して。でも、変わるよ」 「何故?」 「私は諦めていない。そして、東風も。違うかな?」 目を細めて小さく口角を上げる。それは自信のある者の微笑。 「俺さ、飛翔に拾われて良かったって思ってる」 「拾った覚えは無いけど...私は、東風が来てくれて良かったって思ってるよ」 飛翔のそのたったひと言。 俺を必要としてくれる人が居るという、証明をいつもしてくれる。 だから、俺は何があってもこいつの力になってやる。最後の独りになっても。 って、最後の独りにはならないか。絶対、空人や颯希、嵐がついて来るよな... |
桜風
11.9.25
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