風の章 第8話





牛車に揺られて目的地に着いた。

「沙羅ちゃん、大丈夫?」

揺れる牛車で酔ってしまったらしい。他のメンバーも体を伸ばしている。

「飛翔、此処だよ。さて、どうかな?」

付いて来た中務卿宮が飛翔に声を掛ける。

飛翔は周りを見渡し、あるものに目が留まる。

「宮様、この狛犬、動かしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ。」

「宮!」

式部卿宮が窘めているが、中務卿宮は涼しい顔をして、

「しかし、飛翔は風神の使いなのだろ?それなら、風神だってお許しになるさ。」

と答えた。

それを聞いて飛翔が狛犬に手を掛け、動かそうとするが、重い。対になっている方の狛犬は大地が降ろしていた。

苦戦していると、隣から手が伸びてきて軽く持ち上げ、下に降ろした。

飛翔は何となく悔しくてその手の主を蹴った。

「痛っ。仕方ないだろ、お前とおれの力の差なんて。悔しいのかも知んねぇけどこればっかりは、どうしようもないだろ。」

「...足が当たっただけだ。」

炎狼に図星を指されて飛翔は負け惜しみを言った。

皆が狛犬の台を覗き込むと、

「ビンゴ。」

それぞれの紋章のところにエンブレムを嵌めると竹林が消えた。

「...結界の代わりだったんだな、この竹林。」

炎狼が呟いた。

「それじゃあ、後は頼んだ。すぐに向こうに帰っておいてくれ。母様、これをお預けしてもよろしいですか?」

飛翔が差し出したのは、父の形見とも言えるあの護身刀だった。

「飛翔ちゃん...」

「落としてしまうかもしれませんので。」

「分かりました。これは私が預かります。飛翔ちゃん、頑張って。あなたなら大丈夫よ。」

「はい。では、行ってきます。」

皆も口々に激励して、飛翔を見送った。

飛翔が見えなくなると、また竹林が現れ、何事も無かったようにさやさやと風に揺れていた。

皆は、狛犬を元に戻し、また牛車に揺られながら帰っていった。


「さて、いきなりこれか。」

飛翔は、絶壁を前に立ち止まっていた。

周りを見渡しても、いろんな気性の風が混在している。

次の陸地は、遥か遠くに小さく見える。

これは風を操るしかないが、これだけ気性がばらばらな風を一度に使うのは困難だ。

というのは普通の風使いの評価。

飛翔の場合は、あっさり全ての風の気性を読み軽々と向こう岸に渡った。


とりあえず、どこに行けばいいか分からないまま歩いていたが、風の質が変わった。

飛翔はそれを辿り集落に出た。

「ここかな?」

近くを歩いた人に声を掛ける。

人といっても到底人と呼べるサイズではなく、1歳の赤ん坊くらいの大きさの小人だった。

「こんにちは。お聞きしたいことがあるのですが。」

「こんにちは、風の勇者さんですか?」

「...そうですけど。では、ここで合っているのですか?試練を受ける場所というのは。」

「風には試練が無いのです。というより、此処へ来たら、それで試練をクリアされたことになるんです。」

飛翔は「はあ」と曖昧に頷き神器のところに案内してくれると言うのでその人に付いて行った。


案内されたそこには大きな竜巻があって、その中に光る何かがあった。

「あれです、風の勇者さんの神器は。」

飛翔はその竜巻に手を翳し、消そうとして、止めた。

「どうかされましたか?」

そんな飛翔を怪訝に思った案内した小人が聞いてくる。

「この竜巻は、あなた方に必要な物ではないのですか?これがあるから気候も落ち着いているし、花の種も飛んでくる。他にも、これが無くなってしまったら困ることがあるでしょう?私は、これを止めることはできますが、再び作ることは出来ません。」

「でも、あれが無いと困るのは、あなたもでしょう?」

光っている神器を指差して言う。

「そうですね、でも、これを止めなくても何とかなりますよ。ちょっと様子を見てきます。」

そう言って飛翔は上空へ飛んでいった。


少しして、飛翔が降りてきた。

「...どうでしたか?」

「何とかします。案内していただいてありがとうございました。」

丁寧に礼を言った飛翔は深く息を吸って再び飛んでいった。


高いところは風の渦も緩いので何とか入る。

そのまま直下して行くが、竜巻の中は真空になっており、カマイタチも起こっている。

飛翔は顔の前で手を交差させ、ダメージを凌ぐが、それでもいたる所が切れて服が紅く染まる。

殆ど目を明けていられなかったが、光を感じ、目を明けると、神器と思われるものが光っていた。

飛翔は、それに向かって手を伸ばし、それに触れたところで意識を手放した。

既に体中の酸素が不足していたのだ。


―――よく頑張ったな、飛翔。

―――セルス様。

―――ああ、お前らも、毎回ご苦労さん。

―――いえ。しかし、凄い風使いですね。こちらに来るのも簡単にやってのけ
     られましたし。この方にとってあれは試練にならなかったようですね。
     この竜巻も壊さずに神器を手にした方なんて3代前の方以来ですね。
―――そうだな。これ壊しても、俺が何とかしてやるって言うのによ。ハヤテ。

―――ここに。

―――こいつを助けてやってくれよ。頑張り屋だが、何か危なっかしいからな。

―――分かっております。俺もずっと見ていましたから。

―――うわっ、こいつ起きる。もっとゆっくり寝てろよな...。
     後の事頼んでいいか?
―――大丈夫です。勇者に、なるべく姿を見せない方がいいのでしょう?

―――ああ、頼んだ。


「ん...」

「大丈夫ですか?」

小人が目を明けた飛翔に声を掛ける。

「他に誰かいませんでしたか?」

寝ているときに聞いた優しい声を思い出す。

「いいえ。そうそう、風の勇者さん。あなたは、胸の中心にエンブレムを当ててこう念じてください。『風の叡智、我が魂に。』と。これでエンブレムの力が解放されます。...大変だ、風の勇者さん。貴方の街が攻められています。急いでエンブレムの力開放してください。全ての風が貴方の味方になります。こちらと向こうの結界も無視できます。早く!!」

小人の言葉に飛翔も心穏やかではなくなる。

「風の叡智、我が魂に。」

言われた通りすると、エンブレムが光り、飛翔の服も替わる。

神器のことを考えると手に現れた。飛翔のそれは、弓矢だった。

弓には刃もついていて、接近戦にも対応できるようになっている。

飛翔は風を呼び、

「ありがとうございました。お世話になりました。」

と言って帰っていった。


場所は変わって、帝の御簾の向こう。

一陣の風が吹いて御簾が捲れる。

「...これは、セルス様。」

「飛翔は帰ったぞ。それと、お前にはやってもらいたいことがある。そろそろ風を自由にしてやってくれ。」

「承知いたしました。」

その返事を聞いて、セルスは消えていった。











桜風
07.2.25


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