第1話





風の軍の小型輸送機が時の国を発って10時間経った。

「風で帰ったほうが遙かに早いと思うのですが...」

そんなことを言う妹に軽く溜息を吐いた空也が

「形ってのが大切だろう。それに、本調子じゃないだろうが」

とたしなめた。

飛翔は肩を竦め、空也が持ってきたモバイルで今の国の情勢を確認する。

「平和..ね」

「何だ?」

画面に映された文字を見て飛翔は溜息をついていた。

『平和』という文字が躍っている。

しかしながら、大変なのは此処からだ。これまでは明確な『敵』があった。形として疑いようのないものが。

しかし、これからは何が敵で味方かを考えて判断する必要がある。

「これからが大変ですね、と言ったんです」

飛翔の見ている記事を目にして空也も溜息を吐いた。

「お前、本当に返上するのか?」

「ええ。そういう条件でした。これ以上『約束』は破れませんよ」

飛翔の言葉に空也は何もいえなかった。

確かに、飛翔を含めて自分たちは国の規律つまり国の約束は破っている。

しかし、それがあったからこそ、こうして『平和』というものを迎えることが出来たのだ。何より、それは神からのお告げに従ったもので、両親を含め飛翔の性別を偽ることを決定したことはとがめられるべきものではないだろう。

けれど飛翔は全ての責任を自分独りで引き受けて軍を去る。


風の国は男尊女卑の考えが根深く、女は男に劣るという根拠のない考え方から政治に関わるのは全て男であると決まっている。

それは国の法で定められていることだ。それを違えれば本来なら厳罰に処されるはずだが、今回は飛翔、風の勇者と言う存在で恩赦は間違いない。帝も含めて。

結局、飛翔に全て被らせて自分たちはこれまでどおりの生活を送ることになっている。

そのことが心苦しいのは自分だけではなく、飛翔の性別を偽って育てた者全てが感じている。

だから何とかしたいと考えているのだが、なんとも出来ないのが現実だ。


「風の勇者が戻ってくるとの連絡があったよ」

風の国の奥、一部の者達に『裏』と呼ばれているところで帝が呟く。

身内が揃っている中での言葉だ。

「もう回復したと言うことですか?」

安堵の色を含めた声音で東宮が言う。

「帰ってこられる程度には、と言うことだろうが。謁見を申し込まれている」

「私も同席させていただいてもよろしいでしょうか」

そう申し出たのは東宮だ。

「飛翔の退役の手続きをすることになるからあまり気持ちのいい場ではないぞ?高官が揃うしな」

帝の言葉に

「いずれ、私もその高官を相手にすることになります」

と東宮が返した。

「...そうだな。大総統に連絡を入れておこう」

そう言って傍に控えている者に声をかけた。


風の軍の専用飛行場に輸送機が着陸した。

かなりの人数がそれを迎え出ている。

ハッチが開き、まずは迎えに行っていた黒の中将がステップを降りてきた。

それに続き、飛翔、青の大佐が降りてくる。

歓迎の声が上がる中、銃声が鳴る。

「飛翔!」

銃声を耳にした黒の中将は咄嗟に姿勢を低くし、慌てて後ろに続いているはずの青の大佐を振り返った。

その視線の先には空色の小山があった。

ザワリと周囲がざわめく。

「ハヤテ」

翼に守られていた飛翔が名を呼ぶ。

空色の小山は翼を広げた。それは竜だった。

竜は姿を替え、人の形をとる。

「我が名は、風竜ハヤテ。我が主、風の勇者飛翔に害を為すものには容赦せん。我が主に害を成す者、風神セルスに翻意ありと看做す。覚悟しろ!」

響く声は空気すら振るわせる。

「ハヤテ」

と飛翔が窘めるが、それに対して反応は見せない。

飛翔としてはこんな反応が来ることは予想済みで、既に自分の周囲に風を張っていた。

溜息をつき、自分に銃弾の雨を降らせた、その指揮官を見遣ると腰を抜かしている。

それなりに信心があったらしい。竜を前にして怯えている。

「青の大佐!」

声をかけてきたのは白の少尉、空人だった。

「ハヤテ」と自分の傍に控えている風竜に声をかけて歩き出す。

「後ほど、謁見の間で」

黒の中将に声をかけて飛翔はその傍を通り過ぎた。

威風堂々、背筋を伸ばして胸を張り歩く飛翔の姿に誰もが釘付けとなった。

飛翔は疚しいこと何ひとつない、そんな表情だった。









桜風
11.11.13


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