第4話





執務室に軽く顔を出して挨拶をしてそのまま庁舎を去る。

「未練、未練は...?」

苦笑しながら飛翔の背を見送る東風が呟いた。

本当に、風のようだと思った。


「お帰りになられるのですか?」

ハヤテが問う。

「ああ。いい加減母様に顔を見せないと恨み言を言われるしな。その前に、書店に寄る」

「了解しました」

庁舎を後にし、街の中を歩く。

周囲の視線が冷ややかで、ハヤテはそれが気になった。

「お兄ちゃん!」

そう言って子供が駆けてくる。

以前、魔族にこの街が襲われたときに飛翔が助けた少年だった。

しかし、彼は母親に腕を引かれてその場を引き摺られる形で去っていくこととなった。

この国を出るときは、そのときの復旧工事で街がそれどころではなかったため、飛翔への批判は見られなかったが、復旧工事が完了し、街がいつもの風景を取り戻すと今度は『裏切り者』への心情が表面化する。

「母様たちに悪いことをしたな」

苦笑して言う飛翔に、

「あなたは何ひとつ責められることはしていません。寧ろ、命を賭して戦ったあなたへのこの国が腐っています」

「私の住んでいる国を悪く言わないでもらいたいものだ。何より、風竜にそんなことを言われると、この国の行く末が心配になる」

少しだけ皮肉を込めて飛翔が言う。

「申し訳ありません」

「ハヤテは、『裏』も行けるな?」

「はい」

「あとで、文を書くから届けてくれ」

「了解しました」


いつもの書店の店内に入る。

「いらっしゃい!」

と威勢よく声を掛けてきた店主は、店内に入ってきた人物が飛翔だと気付くと途端に気まずげに「入ってますよ」と言う。

「ありがとうございます」

「いえ」

話好きの店主はいつも飛翔が訪ねるといろいろと話を振ってくるが、どうやら今日はそれがないらしい。

苦笑して代金を支払い、飛翔が店を後にしようとした。

「飛翔さん!」

呼ばれて振り返ると店主の妻が居た。

「ありがとうございました」

早足で近付いてくる彼女がそう言う。

「いえ。あの、何が...」

自分は特に礼を言われるようなことはしていない。

「未来を」といわれる。

「いつも偉そうにふんぞり返っているうちの国の男共にはできなかったことです。風の勇者として、世界を、子供達の未来を守ってくださって、差し出がましいと思ったのですが、御礼をどうしても申し上げたくて」

「いいえ。私は私のしたいことをしていただけです」

飛翔が言うと店主の妻は鬼の形相で夫を振り返った。

「それなのに!飛翔さんが女性だと知ったらウチの亭主はあんな...恥ずかしいったらありゃしない!これまでウチを贔屓にしてくださって、こんな下町の治安にさほど興味を持たない赤の代わりに部下に見回りをさせてくださったりしてたのに、恩を仇で返すとはこのことだよ」

「だけど、騙されてたのは事実だろう?!」

店主が言い返す。

その直後、ボカッと大きな音が店内に響いた。

「あ、あの...」

「放っておいてよ、飛翔さん」

傍に居た彼らの息子が見上げて呆れたように言う。確か、まだ6歳だと聞いたことがある。

「夫婦喧嘩なんて犬も食わないんだぜ?」

そう聞いたことはあるが...

「よくあることなのか?」

「俺が止めるの、面倒くさいと思うくらいには」

「そうか...」

「まさか、飛翔さん。夫婦喧嘩を見たことがないのか?!」

「ウチの両親はそういうのをしたことがないみたいだから...」

苦笑して飛翔が言う。

「それはそれですげー」と彼が感心しているとどうやら勝敗が決したらしい。

「いっつも母ちゃんの勝ち。女が男よりもダメなら、ウチの父ちゃんはダメダメになるんだよなー」

肩を竦めて彼がいい、父親を慰めに足を向ける。

「父ちゃん。父ちゃんは頑張ったよ...」

ポンと息子に肩を叩かれて店主は「そうだよな」と数回頷いた。









桜風
11.12.29


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